ビクター落語会 第十八回 夜席



5/16(金)19:00〜21:55@仏教伝道センター
開口一番 春風亭正太郎 『たらちね』
柳家三之助 『景清』
古今亭菊之丞 『百川』
仲入り
橘家文左衛門 『らくだ』(序)



文左衛門師の『らくだ』の登場人物は、イキイキしてて、いい。ひとりひとりのキャラクターが魅力的。文左衛門師の『らくだ』を聴いて、そうか、あんまりうまくないヒトの『らくだ』って、たくさんの登場人物を表面的に描き分けるのにとどまっているんだなと分かった。


まず丁の目の半次。
見事に怖い。


冒頭、屑屋・久蔵を呼び止めて、らくだがフグの毒で死んだと告げる。久蔵が怯えながら「フグにあたって、フグ(すぐ)死んじゃったんですか?」なんて駄洒落を言う。すると半次「なにぃ…この野郎。てめぇ!人の生き死にじゃねぇかっ!」と一喝。人の生き死にを冗談にするなと怒る。そう、怖いヒトって冗談が通じないんだよね(笑)。
久蔵に、自分は「丁の目の半次」と名のった後で「…おい、屑屋。オレの名前、なんてんだ?」と尋ねる。「??…」すぐに答えられない久蔵に「丁の目の半次だ。覚えとけ」とドスをきかせて言う。この言い方は、とても怖かった。


久蔵の商売道具のざるとはかりをとりあげて、“月番に香典を集めろと言ってこい”“大家に通夜のしたくをしろと言ってこい”…と次々に命じる。
半次としては、“出商人がお得意に不幸があったら、手伝うのが当たり前”という、ちゃんとした理由があって、命じているんだけど。商いに行かしてくれ、道具を返してくれと懇願する久蔵に「…そうかい。そんなに商いに行きたいんなら行けよ。“くずい、お払い”と五歩でも六歩でも、歩けるもんなら歩いてみろ。…その前に、ガキのツラ、拝んどけよ」
「行かねぇ?そうかい、オレが言っても行かねぇかい。…おめぇ、自分で自分のハラワタ見たことあるかい?」
文左衛門師がこういうこと言うと、ホント怖いよ〜


ただ、怖いけど、妙に義理堅いところがあったりする。
生前のらくだは、年下の半次を「兄ィ!」と呼んでたてていた。だから半次は、らくだをきちんと弔ってやるのが自分のつとめと思う。で、その通りやってのけるところが、やくざ者のクセに妙にまっとう。怖いけれど「もしかして、いいヒトかも…」なんて思ってしまう。怖くてヤなヤツのはずなのに、なんか好ましいなぁとさえ思ってしまう。こういうい半次って、少ない。


それから、屑屋・久蔵。
文左衛門師の『らくだ』は笑いが多い。可笑しい場面で活躍するのがこの久蔵。半次と久蔵の会話の場面で、怖い半次に対して久蔵がおずおずと言うことが可笑しい。また、ぼそっとつぶやく独り言が可笑しい。そういうのがいっぱいあって、実に面白かった。
半次に命じられて大家の家に向かいながら「なんでこうなっちゃったんだろう。今朝うちを出る時は、こうではなかった…」このつぶやきには大笑いしてしまった。
半次に酒を無理強いされる場面。半次に「やさしく言ってるうちに、呑めよ」と言われ、久蔵、そっと右を向き「ちっともやさしくないんですけど」。ここも可笑しかった。
久蔵は半次に、何度も、もう解放してくれ、まだひと周りも商いをしていないので行かせてくれと頼む。菜漬の樽をもらいに行ってきた後、ついに「ふたまわりも、みまわりもした疲れがあるんですけどね、まだひとまわりもしてねぇんです」これも笑ったなぁ。


久蔵は、もともとは裕福な道具屋の若旦那だった。でも、苦労知らずで、金目当てで寄ってくる人々にせがまれるままに施し、ついに酒で身を持ち崩して屑屋にまで落ちてしまった。いま風に言えば“敗者”なのでしょう。でも、このヒト、どうしようもないお人好し。しょうがないなぁ…と、つい肩入れせずにいられないような気持ちにさせる。酔った久蔵は、カタチだけでもともかく通夜の支度をととのえた半次に「わたし、さっきから感心してたんですよ。あなたエライよ!銭があってやるんじゃねぇ、なくてここまでしちゃったんですから」。酒を呑みながら自分の過去を話し、「困っている人を、ほっとけないですよ・・・・うん。」自分に言い聞かせるように言う(このセリフはよかったなぁ…)。そして「あなたとは気が合いそうですね」さんざん、怯えてたくせにw


半次も久蔵も、すさんだ感じがあんまりしない。文左衛門師の『芝浜』の勝五郎や『文七元結』の長兵衛がそうであったように、生来は健やかな心根の人たちなんだろうと思わせる。
こういう登場人物と、笑いが多いせいだろう、文左衛門師の『らくだ』は、充分怖いけど陰惨な感じがしない。そういうところが、いい。また、文左衛門師らしい。
落語会の当日は、終わった後、通しを聴きたかったと思ったが、いまは、あそこ(らくだの髪を剃る場面の前)で終わったのは文左衛門師匠らしいという気がしている。文左衛門師は、もし『らくだ』の後半をやるにしても、決して残酷な・陰惨な印象を与えるようなやりかたはしないだろうという気がする、なんとなく。


それにしても、楽しい『らくだ』だ。可笑しいところがいっぱいだ。
月番の源さん。
久蔵が“らくだ”という名前を口にすると、「そりゃないよ、おまえ!こんな爽やかな朝に!」って憤慨する。これが可笑しかった。
(でも、最後には、あんなにイヤならくだでも「死にやぁ、仏だ」と、香典を集めてもっていくことを約束する。いいひと)
ケチな大家は“らくだは殺しても死なない”と思い込んでるので、久蔵が「らくだが死んだ」と言っても、なかなか理解しない。大家の理解できなさ加減はすごくて、可笑しかった。
久蔵「らくださんが死んだんです」
大家「なに?だるまさんが転んだ?」
久蔵「らくださんが死んだんですよ!」
大家「“らくだが死んだ”って、それは屑屋の符牒か?」
本当に死んだのだ!と繰り返す久蔵に「おまえ、そういうのは“セコよいしょっ”ていうんだよ」(笑)


それと、文左衛門師は仕草や表情が見事で、人物の心理や状況がものすごくよく分かる。
半次が久蔵にらくだの死骸を背負わせる場面。死骸の脇の下に両腕をさしいれ、ぐっと力をいれて抱える半次。図体がでかいというらくだの、その死骸のイヤになるほどずっしりとした重みが伝わってくるような仕草だった。
で、死骸を背負わされた半次が、後ろを振り向いてうわぁっと驚くところ。開けた口から血を流したらくだの無残な顔が見えるようで、怖かった。
かんかんのうの踊りも、すごい。ぎこちない動きで、硬直したらくだが上下に揺れてるのが分かりました(笑)。
最後に、「凄いねぇ…踊りながら帰っていったよ」っていう大家の一言で、3人(らくだもいれて、3人です)の後姿まで見えちゃったよ。


久蔵が酔っ払っていくところも、さすが。
死人をかついで体に穢れがある、清めだと、酒を強要される久蔵。
なみなみと注がれて、酒の重みで両手で支えた湯飲みが、どんどん下にさがっていく。久蔵は、口からおむかえして、それでも一息に一杯目をあける。
「いい呑みっぷりじゃねぇか。江戸っ子だ。もう一杯呑め」半次、すぐに二杯目を注ぐ。久蔵は、八つを頭に子供が五人、かかあにおふくろ、店賃あわせて九人口を養っていけない…と繰り返すが、それでも呑んじゃう。二杯目でようやく酒のおいしさに気づく。「いける酒です!」
「嫌いじゃないんですよ、むしろ好きでね。でもね、昼間っから、こんな酒呑める身分じゃないんです…」自分の過去を話し始める。
さらに三杯目を勧められると、久蔵は泣きながら許してくれと頼む。もちろん半次は許さない。左の眉をきゅっと上げ、久蔵を睨みつける半次(こういう表情が、怖くていいのです)。呑み始めると、久蔵、今度は大家の悪口をいい始める。最後までらくだの供養をすると言わなかった大家。そのくせ、久蔵には“この長屋に出入りできるようにしてやったのは自分だ”と、なにかにつけ恩着せがましいことを言う。いろ世話になったことは間違いないが「どうも、あの大家さんとは、合わないのかなぁー」。だんだん、大きなことを言い始める。「“かけた情けは水に流す、受けた恩は岩に刻む”って、(自分は)そういうお兄ィさんだ!」
この後、生前のらくだからうけた仕打ちを呑みながら語るわけですが、久蔵、泣いたり・笑ったり・凄んだり、ホントに忙しい。
最後は、完全に気が大きくなって、半次に向かって「オイ!オレの名前、なんてえんだ!」「覚えとけ!」。
「(酒を)注げよ。…注げよ!」「やさしく言ってるうちに、注げよ」
こうなったら、とことん呑ませてもらうと腰をすえて呑みだす久蔵。半次にマグロのブツをもらってこいと言いつけ、「よこすでしょうかねぇ?」と躊躇する半次に「よこさなかったら、かんかんのうを躍らせるって、そう言え!」
これで『らくだ』(序)が終わった。1時間10分。


魅力的な登場人物と、笑いと、仕草・表情の見事さ、細やかさ…。文左衛門師の落語の素晴らしさをたっぷり堪能した。ホントに素晴らしい『らくだ』だった。機会があったら、また是非観たいなぁ。