2008年8月 池袋演芸場 余一会 昼夜



昼の部 15:00〜17:00
喬太郎独演会」
開口一番 小ぞう 『金明竹
喬太郎 『頓馬の使者』
仲入り
鈴々舎わか馬 『月見穴』
喬太郎 『宮戸川(通し)』



喬太郎師の一席目とわか馬さんのやったのは初めて聴いた噺。珍しいものが聴けた会でした。


『頓馬の使者』山田洋次が五代目小さんに書いたものだそう。吉原に遊びに行ったのがモトで夫婦喧嘩して、女房・お菊に家を追い出されてしまった八五郎。この男、気弱なヤツで「かみさんまだ怒ってるかなぁ」とクヨクヨ暮らしてるんだけど、そのお菊が突然死んでしまう。長屋の熊がお菊の死を知らせに行くことになったんだけど、ご隠居さんが、あいつは気弱でかみさんに未練もある、うっかり知らせたら吃驚して大騒ぎになる、少しずつ遠回しに知らせるんだよ…と忠告する。しかし、ガサツな熊は、つい「死んだモンの悪口はいいたかねぇが」とか「あの仏…」とか口を滑らせ、八五郎は「お菊になんかあったのかよ?言ってくれよー」と半泣き。お手上げ状態の熊は長屋のご隠居のところに八五郎を連れて行き、結局、最後はお菊の遺骸に対面させるんですが、八五郎「死んだのか…。やっと安心した」というオチ。お菊に未練があったわけじゃなく、ただ奥さんが怖かっただけなのね、というお話でした(正直、噺自体はあんまり面白くないと思った)。
ご隠居が八五郎にお菊の死を知らせるとき、いろんなことを言って力を落さないように慰めるんだけど、しみじみと「ただ生きてくだけでも大変なもんだよ、人間は」なんていうセリフがあって、そういうのはちょっと山田洋次っぽいのかな?喬太郎師はそういうクサいセリフをクサいなりに聴かせてしまいますねぇ。そーゆーところがさすが。


わか馬さんは、文左衛門師や栄助さんの会に遊びに来てるのを見たことはあったんだけど、落語聴くの初めてだった。口調がいい意味で落語っぽくて気持ちよく、地味だけど(喬太郎さんに「暗い」ってからかわれていた)あっさり爽やかな落語をする人だなぁと思いました。
『月見穴』 娘の嫁ぎ先へ孫に会いにいった帰り、夜の山道で大きな穴に落ちてしまったおじいさん。「おーい!」と助けを求めると、すぐ近くから「おーい!」と山彦みたいな返事が。十六夜の月の浮かんだ空を見上げて、姿の見えない相手との会話が続く。十六夜の月は、十五夜の月の美しさに躊躇して出るのをためらっているように見える…といういわれがあるんだそうで、それがオチに関係してるので、最初『十六夜』ってタイトルかな?と思った。
この落語は、さん喬師匠のために書かれたものだそう(黒田絵美子作)。
たしかに、これをさん喬師匠がやったら、暗い穴の中から白い月をみあげているおじいさんの画とか、なんかこう、リリカルな情景が見えてきそうだなぁと思った。あ、わか馬さんもよかったです。


最後は喬太郎師の『宮戸川(通し)』 通しを聴きたくてたまらなかったので、大変嬉しかった。
3月の余一会で喬太郎師が前段(お花・半七のなれそめ)だけやったのを聴いた。前段の全体的な印象はその時と変わらなかった。お花があんまり現代的な積極的な娘じゃなくて、二人が結ばれるところもアッサリしてる(志らく師や三三師は、ここのところが大変色っぽい)。
半七に起こされたおじさんが、外に立っているお花の姿を認めて、ニヤーっとなんとも言えない顔をするんだけど、それがとても可笑しかった。
前回は、婆さんが「覚えてますか?おじいさん」って尋ねると、すかさずおじさんが「その思い出は封印した!」って返したんですが、今回はそれはなかったな。


後半。夫婦になった二人は横山町に店をもち、順調に商売を広げ奉公人を抱えるまでになる。ある時、お花は小僧を連れて浅草寺におまいりに行き夕立にあう。小僧が近所の知り合いに傘を借りにいった間にお花は行方知れずとなってしまう。お花は死んだものとされ、その七回忌の日。法事の後、半七が乗った船に、船頭の仲間の酔った男が乗り込んでくる。半七が妻の七回忌の帰りと聞くと、男は酔った勢いで、あなたのような旦那はいい女を抱き放題だ、だが自分も一度だけいい女を抱いたことがある…と、6年前雷門で美しい新造をかどわかし、殺したことを告白。半七はその新造がお花だったと知る。ここで、ガラッと芝居がかりになって「これで様子がカラリと知れた〜」という割り台詞になって、鳴り物がはいった(喬太郎師の『双蝶々』もこんな感じだった)。
最後は半七が小僧に起こされ、その日は霊岸島のおじさんの三回忌で、女房・お花が階下で半七を待っている、全て半七の夢だった。「夢はごぞう(小僧)の疲れだ」ってオチ。
酔った船頭の野卑でいやらしい感じ、例によって、喬太郎師はひじょーにうまくって、目をそらしたいんだけど見ちゃう…みたいな感じでした。




夜の部 18:00〜19:50
「噺坂」
開口一番 柳亭市朗 『真田小僧
柳亭左龍 『二階ぞめき』
桃月庵白酒 『鰻の幇間
仲入り
柳家甚語楼 『蔵前駕籠』
柳家三三 『死神』



喬太郎ファンが無限落語に移動したんで空くかな…と思ったけど、夜の部は出演者それぞれのファンが来たんで、結局そんなに空いてはいなかった。


目当ては白酒師の『鰻の幇間』と三三師『死神』だったのですが、『鰻の幇間』は噂どおり、ものすごく面白くて大笑いしました。


左龍師「二階ぞめき」 左龍さんはこの噺を昨年12月「三三・左龍の会」でネタおろししてて、その時聴いていいなと思った。今回もなかなか面白かった。
例えば、番頭から、二階に吉原を作りたいんだがお前は吉原を知ってるか?と尋ねられた大工「馬鹿にしてもらっちゃ困る!こちとらどの女郎屋の行灯部屋にいくつ行灯があるかまで知ってんだい!」「それ居残りじゃねえか?」とか、「二階に吉原なんて作れるのかい?」「できますよー!落語なんですから」ってのは笑っちゃう。あと、若旦那が声をかけてきた女郎と言い合いになり、とめに入った若い衆とつかみあいになるところで、相手の頭を「こう、こう、こうしてやる!」って前後左右に揺すぶりっこするんだが、左龍さんのムキになった顔と仕草が可笑しいです。
ただ、吉原への行き方を舟と陸(駕籠)と二通りある…と説明するところ、あそこは左龍師の場合はなくてもいいような気がした(ってナマイキなことを言ってますが)。
というのは、あそこは談春師のように(っていうのはつまり談志師匠『二階ぞめき』みたいにってことですが)、聴いてると風景が浮かんでくるような、吉原に行きたくなっちゃうような、そういう気持ちにさせてくれるような流暢な語りでやってくれるんでなきゃ、あんまり意味がないような気がするからです。


白酒師『鰻の幇間 この夏、白酒師は『千両みかん』と『鰻の幇間』をやり倒してるみたいで(笑)、もう何回も聞いたよという声をあちこちで聞きます。でも、わたしは初めて聴いたのでとても面白く聴けた。それに、やり倒してるだけあって、白酒師らしい、ならではの『鰻の幇間』という感じがして、好ましいと思った。


白酒さんの幇間は最初からなんかせかせかしてて、あぁこれでは大成すまい…という小物感に溢れている(笑)。そしてこの幇間が何気なく言うことが実に皮肉で、そこに白酒師のキャラクターを感じます。かなり意地悪なこと言ってるのに、そんなに気にならない。それは明らかに、白酒師のあの一見柔和な外見のせいだ。あの容貌でトクしてるんだと思います。


幇間が藤村の羊羹を二竿抱えて廻った先は、今日は新藤さんちと恩田のお師匠さんち。よれよれの浴衣を着て「よう!師匠」と声をかけてきた男をどうしても思い出せない幇間。「しばらくすれば誰だったか、こみあげてくるんだよ。こみあがって…こないねぇ」。半信半疑のままヨイショにかかる。「いいですね、そのお履き物。ゲタ?ゾウリ?どっち?って感じで。使い込んでますなぁ、歴史があるよ」ってそれはヨイショなのか(笑)。
男に連れられていった鰻屋のあまりのひどさにヨイショのしようがなく、「ウーン…ねぇ?えーと…」と考える幇間。男「なんか言いなよ」。店の者たちの「いらっしゃーい」ってあいさつも最初から不機嫌で、この後の展開を予想させて可笑しい。


酒と“ザーサイ”が出てきて、あっという間に鰻が出てきて、内心不審を抱きながら、その不審を吹き飛ばしたいかのようにヨイショを続ける幇間。鰻に箸をつけようとして「こちらからいくよ、こちらから。うなぎが重なると書いて“うな重”(フタを開け)…重なってない!」。「舌の上でとろっととろける…」と言いながら、いつまでも噛み続ける(笑)。
手洗いに立っていつまでも戻ってこない男を追って、はばかりの戸を叩く。「モールスでいくよ!トン・トン・トン…今のSOSね!」…とにかくセカセカしてて落ち着きがなくてはしゃぎ過ぎで、いかにも軽薄な野幇間って感じがした。


勘定書きをもってきた鰻屋の下働きの女に、両手のひとさし指でポチ袋の形をつくってみせながら「こういう形状で、フッとこう…」って息を吹き込むマネをする。「ない?あ、じゃぁ、形状が違って、こう、ひねってあるやつ、ひねってあるやつ。…ひねってもない?おかしいね」。
で、この女が幇間が勘定書きを押しやるたびに、すごい険しい顔で押し返すのが可笑しいのです。
この後、男にしてやられた!と気づいた幇間が、鰻屋にさんざん文句をつけるわけですが・・・
「お前さん、なんの気なしに箸置いたけど、消しゴムじゃないか!コクヨって書いてあるよ」。“なんの気なしに”消しゴムに箸を置かれたくないわー(笑)。
とっくりと猪口は揃いになってるけど“西遊記”の絵柄、箸やすめはザーサイ、「鰻屋でもって“あの国”を連想させるようなものを出すんじゃないよっ!肝心のモノも疑いたくなるんだよっ!」
掛け軸は『いいじゃないか 人間だもの』、しかも落款は“みつを”じゃなくて“かつを”!「せめてホンモノかけなよ!」
「怒っちゃいないよ、憤ってます!」・・・
白酒師の幇間は、小言というより、とにかく、ただただもうやんなっちゃったー!って感じで、たしかに“憤って”いましたw。


甚語楼師の『蔵前駕籠』は悪くなかったし楽しく聴けた(でも、ホントそれくらいの印象しかない、すいません〜)。


三三師『死神』は基本的に小三治師匠の『死神』がベース。男の前に現れた死神は「お前とは深いえにしがある」って言い、呪文は「アジャラモクレンキュウライス、テケレッツのパッ」で、男は“風邪”がモトでくしゃみでろうそくの火を消してしまいます。
所々にちょっとだけ三三さんらしいところがあった。例えば、死神の「うーふーふーふ…」って笑い方とか、ふとんのマクラと足元をひっくりかえされちゃった死神が、「おまえは何てコトをしてくれちゃったんだよ」って言い方とかは、ちょっと可愛くて三三さんらしかった。
それと、どーでもいいところなんだけど、男に「上方へ旅にいきましょーよ」ってねだる妾が妙に生々しいです。三三さんは色っぽい女の人がホントに上手いと思うけど、あれは女子のいるお店での日頃の経験が生きているとしか思えないです(笑)。