瀧川鯉昇・柳家喬太郎 二人会 古典こもり その四 銀座篇



16日は志らく師の『タイタニック』(あれは『たまや』に匹敵する、シネマ落語の名作になるよ〜、きっと!)、17日は喬太郎師の『死神』と、立て続けに凄い落語を観てくらくらしています。
今日はとりあえず、昨日の会のことを書きます(志らくタイタニック』を書ける日がくるのか〜?)


11/17(火)19:00〜21:37@博品館劇場
鯉ちゃ 『新聞記事』
喬太郎 『初音の鼓』
鯉昇 『味噌蔵』
仲入り
鯉昇 『年そば』
喬太郎 『死神』


昨日の会は、四席ともホンッとに良かったのですが、とりわけ喬太郎師の『死神』が素晴らしかったです。『死神』史上(?)、屈指の『死神』!といっても言い過ぎじゃないかも…と思います。
『死神』のときの出囃子は、ウルトラQのオープニングテーマでした(…逆回転渦巻きを思い出すわー)。その時はウルトラシリーズファンの喬太郎師だから?くらいにしか思わなかったのですが、落語が終わった時、あのメロディと地の底に吸い込まれていくような逆回転渦巻きの暗さは、実にこの噺にピッタリだ!と思いました。


借金で首が回らない男。金策に出かけたものの、金を作るあてなどなく、ふと「死んでしまおうか…」という思いがよぎった時・・・
「おう!ニイさん、どうしたい!」って、見知らぬ男が威勢よく声をかけてきた。元気の良さといい、「アウ!」って鼻をこすりあげる(志らくかっw)仕草といい、この男、どう見ても落語ワールドの典型的な“江戸っ子”なんですけど、これがなんと死神でした!


喬太郎師は、つい先日にぎわい座でやった左龍師との兄弟会でも『死神』をやったそうですが、その時の死神はこういうキャラクターじゃなかったそうです。短期間に凄い変革をとげたんですねー。


「おめぇ死にてぇんだろ?そうはいかねぇぜ!良かったな」
「川に飛び込んだって、ダメだ!浮くよっ」
「よぉよぉ!長生きっ!」(笑)
明るく、ポンポン囃すように男に言葉をかける死神。思いっきり元気のいい志ん朝みたい(笑)。
死神の説明によりますと、人の寿命を決めることは死神も預かり知らぬこと。死神ってのは「人を殺すのが仕事じゃない」「死ぬって決まったヤツをナビゲート(“ナビゲート”なんて言葉を平気でつかいます、この死神はw)するのが仕事」なんだそーです。そして、寿命というものは「不公平にできてんだよ」。誰からも愛される善人が短命だったり、死ねばいいようなヤツが長生きだったり。でも、とにかく「寿命がくるまでは人は死ねねぇ。おめぇの寿命はまだまだこないよ」。


そして、この死神は、言葉づかいだけが江戸っ子ってわけじゃなく、ホントに気前のいい、一心太助みたいなヤツでした。なにしろ道楽が“人助け”(笑)。男と会った時、死神は夜勤明けの非番で(男、「なに?!“非番”って?」)、そういう時はハイになってるんだってw(「“ハイ”ってわからねぇか?」って男に訊いてたよ、死神w)。ハイな状態の時には、特に気が大きくなってて、いいことしたくなるらしい。で、しょぼくれてる男に「仕事、世話してやろうか?」「医者になんなよ!」って、死神が見えるようにしてやって、死神を消す呪文(アジャラモクレン、テケレッツのパッ!パン・パン…です)を教えてやるのです。


多くの落語家は、死神が金に困っている男に金儲けの術を教えてやることが“善意”なのか“悪意”なのか、その辺りを曖昧に描いていますが(それが良かったりもするんですけどね)、喬太郎師は最初からハッキリと死神が善意によって行動しているという設定でした。まず、このことがとても新鮮でした。


また、男の女房が“健気な女”ということも、新しかったし良かった。
喬太郎版『死神』の女房は「金を作ってくるまでは、お前なんか家に入れないよっ!」なんてことは言いません。男に「お前さん、なんとかお金を作っておくれ」と懇願するのです。だから男は、そんな女房の姿にいたたまれなくなって、あてなどないくせに「金の算段してくる」って夜の町に出て行って、どうしていいかわからなくって死にたくなってしまうのです(こうした描き方が喬太郎師はさすがだと思いました。こういう時、男が死にたい気持ちになってしまうのは仕方ない、よく分かる…と思えるのです)。
やがて夫婦のもとには、死神のおかげで面白いように金が入ってきますが、そうなっても女房はあくまで慎ましい。金が入ったのは嬉しいけれど、こんなにはいらないと思っている。それに、女房は、あんなに何をやっても上手くいかなかった男が突然医者なんかになって金を儲けてくることが不安でならない。女房だから、男に世渡りの才覚がないことはよーく承知してるので、何か悪いコトをしてるんじゃないか?と思うわけですね。


男はそれが面白くない。男も、自分の才覚で借金を返して暮らしが立つようになったわけじゃないってことは、分かっている。死神に言われた通りをやっているだけだ。自分が何もできないことは、前と同じだ…と思っているのです。


「こうなってみると、あたし、こんなに(お金は)いらないなと思って…」「“ほど”ってもんがあるじゃないか」と言う女房に、男は激昂する。「なんだと!」「銭欲しくねぇのか!」「“ほど”なんかいいんだよ!」「いつどうなるかわかんねぇんだから、稼げるときに稼ぐんだよ!」(…と叫んだ後、喬太郎師は客席に「…あのぉ〜、某落語家のことじゃありませんからね」w)。


稼げなきゃ稼げないで文句を言う、稼げば稼いだで辛気臭いことを言う、お前なんか鬱陶しい!出て行け!…と、結局男は息子共々女房を追い出してしまう。
この男、悪い人間じゃないんですが、コンプレックスの塊で、屈折してるのです。まわりに心優しい人たち(死神、女房)がいて手を差し伸べてくれるのに、屈折してるもんだから、その手を振り払ってしまう。そうやって、男は、自身の弱さ・愚かさゆえに身を滅ぼしていくのです。


「自分の手で何かやってみたい!」と切望しながら、やがてどこへ行っても死神が病人の枕元に座っていて金儲けができなくなってしまう。焦る男。そんな時、死にかけた大店の主を助けてくれと頼まれて(ちなみに、この大店の主は『味噌蔵』の主ですw。“元気にしなくていい、ただ生かしといてくれればいい”と頼む冷酷なおかみさんは、『味噌蔵』でケチな主人に苦労したあのおかみさんで、“帳面ドガチャカ”の番頭とデキているのだ。仲入り前の鯉昇師の演目を受けたいれごとで、喬太郎師らしいですね)、死神に「枕元に死神がいたら諦めろ」と釘をさされたにも関わらず、布団をひっくり返して死神を消してしまうという暴挙に出る。
この時、男は、主の枕元にいる死神が、自分を助けてくれたあの死神であることに気づいている。「あ!あの死神さんだ!」「死神さん…今度は自分の力で何かやってみますよ。見ていてくださいよ」何かに憑かれたような目で男はつぶやく・・・・
布団をひっくり返して死神を消すことの、どこが“自分の力で何かやる”ということになるのか?そんなことも分からないのは、この時もう男の心が病んでいたからかもしれない。
あーあ、この男ダメだなぁ…と思いました。


江戸っ子死神が再び男の前に現れる。「あーあ、やっちゃった!」(笑)
上から小言食らって大変なんだ、オレだと分かっててやったろ?やるな!バカ!と男を叱って、「放っといてもいいんだけど、縁が出来たお前だから見せといてやらぁ」と、男を地の底に連れて行く。
寿命のろうそくの海の中から、男が真っ先に目を留めたのは、別れた息子のろうそくだった。「いちばん始めに、それに目が行くんだよな、お前って男は」「だからオレはお前のことをよぉ…」とつぶやく死神。
男はダメなヤツだけど悪い人間じゃない。そんな男に情けをかけてしまう死神なのだ。


死神に「生きてぇか?」と訊かれて、男は死にたくない!と泣きつく。
「…ハイ!趣味は人助けです!」明るく言い放って、死神は男に新たなろうそくを差し出す。そのろうそくは、まだまだ寿命があったのに、死神たちの手違いで死んでしまった子供のろうそく。ホントにいいヤツだー、死神ー


男は、震えながら、消えかけたろうそくの火(自分の命)を新しいろうそくに移すことができた!「ついた!」「これも、今、あたしがつけたんですよね?」自分の手で火をうつしかえたこと、何かを成し遂げたことに、男は喜ぶ。だが、その直後、男を虚しさが襲うのだ。「オレ、なにやってんだろ・・・」
死神は男を励ます「あまり考えるな!」「長生きしろよ!その子の分まで!」
しかし・・・
男は灯したばかりのろうそくの火を消してしまう。自分でフッと息を吹きかけて。
高座の上で、喬太郎師がどっと横に倒れ、再びウルトラQのテーマが流れる中、幕が降りました。


優しさは決して人を救わないのだなぁ。ていうか、ダメなヤツに情けをかけても、ダメなヤツは最後までダメなのかなぁ。世界は不公平だから、何をやってもうまくいかないのは男のせいじゃないんだけど。
死神のセリフに「誰がこんなふうにつくったんだろ?人間て」っていうのがあったんですが、人間てめんどくさい。
そんなことを思わずにいられません。
でも、決して後味は悪くありませんでした。それは、死神を“明るくて凄くいいヤツ”にしたことが大きいと思いました。それと、笑っちゃうところがたくさんあって、基本的なトーンが楽しく面白かったっていうのが良かった。
それにしても、人間の弱さとか、どうしようもない心の闇みたいなものを描くと、喬太郎師は本当に上手いです。あんな深い『死神』は初めてでした。


あと、あの終わり方は、師匠であるさん喬師匠に倣ったのかな?とちょっと思った。
余談ですが、前方センターブロックにいた落友によれば、最後に喬太郎師が倒れたとき、高座に頭をごん!ってぶつけた音が聞こえたとか(笑)
キョンキョン、痛い思いしたみたいだけど、素晴らしかったよー!!


※あぁ、『初音の鼓』(あんなに完全に吹っ切った狐のフリは初めてです)、『味噌蔵』(「奉公に来る前の記憶を思い出せ!」)、『年そば』(客は汁のまずさに耐えて塀に手をついて倒れそーになるのを防ぐんですよ、不幸な客達の手の痕が塀にいっぱいついてるんですよ、味見した亭主の手の痕まであるんだよ。あと、今回は『年そば』です、『時そば』じゃなく。「お前の娘いくつだい?」「へい、九つで」なの)は書けませんでしたー