今年の落語総括



今年もあと一日です。一年の締めくくりに、今年の落語の総括を。ここには、基本「よかった!」と思った落語のことしか書いてこなかったんですが、今回は率直に「?」と思った高座のことなんかも書いてみます。


◆今年の落語


・今年出かけた寄席&落語会の数 152
・今年聴いた落語 775席
         (※12/30現在)


明日、予定通り巣鴨四丁目落語会に行くともうちょっとだけ増えますが、ざっくり言うと、2〜3日にいっぺんは落語を聴きに行ってて、1日あたりに換算すると概ね1日2席の落語をライブで聴いた計算になります。すごく多くはないけど少なくもないよね?…と思うのですが、「中途ハンパ」と言われると返す言葉がありません。




◇よかった落語 「この一席」篇


今年「よかった!」と思った高座をピックアップすると、こんな感じです。
単純に自分にとっての印象の強さだけで決めました。「それよりもあの日の高座のほうがよかったよ」という感想は当然あると思いますが、そんなわけですからいい加減に読んでください。ベスト3以外は順不同。


(1)立川志らく『子別れ(通し)』&『落語長屋』 3/14立川志らく独演会@銀座ブロッサム
志らく師ご自身が、この会の『子別れ』をきっかけに落語が変化したと仰っているが、この日の『子別れ』を聴いて志らく師が変わった!と驚いたことを覚えている。これがきっかけで、この一年は志らく師の会に最も足繁く通うことになった。とても追いきれはしなかったが、志らく師の落語が進化していく過程を概ねライブで見ることができたのは良かった。志らく師の落語は、ジェットコースターのようなスピードとナンセンスギャグの面白さが魅力だったけど、今は、心地よいテンポのチャーミングなくだらなさに充ちた素敵な落語に変わった気がする。それと、志らく師はご自分がやりたい・やるべき落語がちゃんと見えていて、それを追求していく姿勢が好ましかった。地に足がついていて安定感があって、チャレンジを楽しんでいるようにも見えた。そういう人を見るのは気持ちいいものです。そんなこともあって、今年は志らくさんを観にいく時はかなり楽しみで、会の後はいつも満足して帰ってこられた。


(2)柳家喬太郎『双蝶々』 7/19喬太郎伝説@世田谷パブリックシアター
つい先日12/27の三人集で観た三三師の『双蝶々』。あれを観てなかったら、喬太郎師の『双蝶々』はこの順位にはならなかったかも(笑)。しかし、まじめな話、三三師には申し訳ないが、わたしは三三師の『双蝶々』を観ながら「喬太郎さんは良かったなぁ」と改めて喬太郎師の上手さを思っていた(同時に三三師の人情噺に感じる物足りなさを再確認した。これについては後述)。喬太郎師がやる暗い人情噺は実にいい。人間の欲や汚さを迫力をもって描き、その一方で親子の情愛や哀しみをしっとりと描ける力量はさすが。たしかにクサいのだけど、決して鼻白むようなことがない。10月の「市馬・喬太郎ふたりのビックショー」でやった時のほうがよかったかもしれないが、初めて見たこの日のほうが印象に残っている。


(3)柳家三三『髪結新三』 9/4月例三三独演@紀尾井小ホール
くさした後でフォローというわけではありませんが、今年の三三師は精力的に落語にとりくんでいるように見えた。6月の三夜、夏の長講だけの3カ月、12月の冬噺三夜…等々充実した独演会を行っていて、頑張るなぁと思った。
この一席を選んだのは、はっきりいって“好み”。わたしは三三師の身上は硬質で端正な口調と淡々とした噺運びだと思っていて、その持ち味が活きるのは、怪談噺とか、この『髪結新三』のような小悪人が登場する落語のような気がします。チンピラをやらせると実に魅力的(これはワルクチではありません)。やせて目の細い三三さんの容貌(繰り返しますがワルクチではありません)と相俟って、情の薄いそれでいて色気のある小悪人像が浮かんでくる。この日は、三三さんで聴きたい噺が聴けて満足だった。


橘家文左衛門文七元結』 3/2第11回ラジオデイズ落語会@コア石響
昨年末に文左衛門師の『芝浜』を、そしてこの会で『文七元結』を初めて聴いて、この後しばらく文左衛門師にはまった(もちろんいまも好き)。文左衛門の文七は、娘が身を売って作った50両を見ず知らずの文七に与えざるを得なくなってしまう、その過程の描き方が実に細やかで説得力がある。豪快かつ繊細な文左衛門師の魅力を再認識した。


立川志らく『品川心中(通し)』 5/13志らくのピン@内幸町ホール
お染と金蔵のバカさ加減が愛おしい。後味の良い『品川心中』。6月の親子会ではいっそう整理されて良かったが、印象の強さで初めて聴いたこの日をあげました。


立川志の輔中村仲蔵』 8/6志の輔らくご ひとり大劇場
初めて観た昨年のパルコの感動には及ばないが、大劇場の舞台装置を活かした演出はさすが。マイミクさんのレビューを拝見して「上手いこというなぁ」と思った言葉があるので、それをそのままお借りします。“立川志の輔というエンターテイナーのスケールの大きさ”を感じさせる仲蔵でした。


立川志の輔『もう半分』 8/21志の輔らくご 21世紀は21日@新宿明治安田生命ホール
柳家さん喬『もう半分』 8/28第482回落語研究会国立劇場小ホール

8月の最後に『もう半分』を立て続けに聴いた。同じ噺が演者によってこんなに違うという、落語を聴く楽しさを味わった。
志の輔師の『もう半分』は「自分の言った“言葉”に心が従ってしまう・縛られてしまう」という人間心理の不思議・怖さが印象に残る。一方、さん喬師の『もう半分』はシンプルな「因果応報の噺」であるが、居酒屋夫婦の一生懸命働いても貧しい暮らしを丁寧に描き、50両を盗ってしまったこと、魔が差したことも無理はない…と思わせるあたりがさすがだった。


春風亭百栄『鮑熨斗』 9/23真打昇進襲名披露興行@鈴本演芸場
今年もっとも爆笑した一席。こんなに面白い『鮑熨斗』は聴いたことがない。わたしは百栄ファンですが、贔屓を差し引いてもこの高座は素晴らしかったです。


春風亭百栄『天使と悪魔』 9/30真打昇進襲名披露興行@鈴本演芸場
『天使と悪魔』は百栄師の代表的な新作ですが、これを「鈴本」の披露興行でやったことが凄い。ご本人は「鈴本出おさめ」の覚悟で臨んだそうだが、実際、気合を感じる高座だった。爆笑しました。




◇よかった落語 「この番組」篇


上述とは別に、会全体として「楽しかった」「行ってよかった」という満足度の高い番組には、こんなものがありました。こうしてみると、昇太師プロデュースの番組が少なくない。昇太師のプロデューサーとしてのセンスに敬服。というか、わたしやっぱり昇太師が好きなんですねw、お祭好きでもあるなぁ(ちょっと恥ずかしい)。


・2/9 春風亭昇太26周年落語会「オレまつり」夜の部@本多劇場
昇太師のライブは構成が優れているが、この会はいつも以上に作りこんだ、お芝居のような楽しいライブだった。自分大好き・いつもイイ気になりたい昇太師らしい、自画自賛(笑)のまさに“オレまつり”であった。


・2/17 下北沢演芸祭 シークレットライブ@本多劇場
「愛犬(猛犬)チャッピー(序)」をやった後、昇太師が唄う「マイ・ウェイ」にあわせて花を振っていた談春師の姿、その花がポキリと折れた瞬間が忘れられない。


・2/17  下北沢演芸際 林家彦いち「喋り倒し」@本多劇場
彦いち師が蘇民祭参加体験を喋り倒したライブ。会の途中から、彦いち師はふんどし姿になってスライド解説。舞台袖の奥で、しゃがみこんで笑っている昇太師に向かって、彦いち師「あんたが脱げって言ったんじゃないかっ!」


・8/13 市馬・談春 盆の二人会@国立演芸場
市馬師で聴きたい噺二席&談春師で聴きたい噺二席というラインナップで満足。市馬師の『宿屋の仇討』、談春師の『白井権八』が良かった。二人会はこうでなきゃ!


・9/29 立川流三人会@紀伊國屋サザンシアター
志の輔談春志らくが揃った豪華な会。「お祭」として楽しかった。チケット取りが今年いちばん大変だったという意味でも忘れられません。


・10/10 市馬・喬太郎 ふたりのビックショー@練馬文化センター小ホール
市馬師『鼠穴』、喬太郎師『双蝶々』というホンキの会。見ごたえがあった。


・11/4 春風亭昇太プロデュース「あの頃の噺」@本多劇場
なんの工夫もなく、教わったとおりにやっていた前座の頃の通りにやってみよう、前座噺を! という趣旨の会。昇太師は『雑排』をやり、いわく「『雑排』はストーリーじゃないから難しい」。更に「春風亭はさ、メロディなんだよ!」と言って、市馬・談春両師を爆笑させた。3人の前座時代の写真をスライドで見ながらのトークのセッションがすこぶる面白かった。昇太&談春が20歳の頃の市馬師の写真を見て「このカオは絶対、志ん生師匠と一緒に満州に行ってる!」




◇印象に残った落語


「よかった」というのとは違いますが、色々な意味で印象に残った落語会がいくつかありました。


・6/28 立川談志談春 親子会 in 歌舞伎座
談春師の『芝浜』。ふと気がつくと、会場全体がしぃーんと静まり返っていた瞬間があった。あの緊張感に充ちた空気が忘れられない。この会が終わった後、談春師はしばらく虚脱状態で高座をつとめていたが、それだけプレッシャーだったんだろう。また、この会と『赤めだか』のヒットを経て、談春師ははっきりと「初めて落語を聴く」「初めて談春を聴く」といった人々のほうを向いて落語をするようになった気がする。以前から、一部のコアな客よりも、多数の白い客をとりこみたいという意識が伺えたが、この会以降、それがよりはっきりしたように思う。


・10/26 柳家さん喬喬太郎 親子会@なかのZEROホール
さん喬&喬太郎の師弟対談が収穫だった。喬太郎師がこういう場を借りて師匠のさん喬師に悩みを吐露しており、その姿は喬太郎師にしては珍しく素直な印象で好感が持てた。また、そういう弟子に対するさん喬師匠が見事だった。
喬太郎師はこの日『すみれ荘201号室』をやったが、やる前に客席に「またあの噺だとお思いでしょうが…」と一言もらした。さん喬師匠は対談の中でそのことにふれて「“またあの噺だとお思いでしょうが”なんてことを言うのが、もう傲慢」 と穏やかにピシッと言ったのだった。最近の自分は“潰れかけている”と言う喬太郎師に「お前は潰れかけてなんかいないよ。もう潰れてるんだよ」とサラッと言ったのも、さすがだった。
この日の師匠の言葉を、弟子・喬太郎師はどんな風にうけとめたのか。これからどんな高座を見せてくれるのか。


・12/16 三三冬噺三夜 第二夜@紀尾井小ホール
三三師のことは高く評価しているつもりなのだけど、時々「?」と思うことがあります。これは自分の感覚、好みに過ぎないのかもしれないが、三三師には、人情にしみじみと訴える“これぞ人情噺”みたいな落語は似合わない気がする。特に親子を描いたものは今の三三師には手に余るのではないかと思った。そんな思いを強くしたということで、この会は印象に残った。
この日の演目は『福禄寿』と『鰍沢』。『福禄寿』を、三三師はもともとの“母と二人の息子”から“三兄弟”に設定を変えて口演した。終盤に、心優しい三男がわがままでろくでなしの次男に感情を爆発させ、長男が次男を諭すという場面があるのだが、どうしても一生懸命涙をさそう“演技”をしているようにしか見えなくて、心が添っていかなかった。以前、三三師の『薮入り』を聴いた時もそうだったし、27日の三人集の『双蝶々(下)』(雪の子別れ)の長吉と父親の別れの場面を見た時も同様のことを感じた。親子の情、哀しみが心に迫ってこないのだ。三三師は志らく師のような落語(軽やかで泣かせない落語)を志向しているわけではないだろうから、こういう人情噺はいかにも物足りない。
昨年の第一回らくだ亭で小三治師匠が世間の三三師の評価に対して「今とても評判がいいので有り難いことだと思う」と言い、しかし続けて「でも、あの程度にしておきたくない」「落語の中から柳家三三という人間が見えてこなければいけない」と苦言を呈したことを思い出す。三三師の落語はきれいだが、「三三師自身が見えてこない」というのが課題のような気がする。


・12/27 三人集 昼&夜@よみうりホール
大坂フェスティバルホールの公演を終えた談春師が、歌舞伎座の後と同様の抜け殻状態だったのが残念。ま、仕方ないけど。でも、客として大衆を意識するなら、大きな会の後いちいち虚脱してちゃだめじゃん!(笑)。マジメな話、この会だって談春師目当ての客は少なくなかったと思う。わたしは、直前になってこの会に行けなくなった知人のチケットの引き取り手を捜したのだけど、引き取ってくれたのは、昼夜とも“初めて談春を観に来た”という若い人たちだった。そういう人たちにああいう高座をみせちゃうっていうのは、談春師だって本意じゃないだろうと思うのだけど。




◆来年の落語


来年は「落語より仕事」を胆に銘じ(みぞゆうの不景気ですから〜)、落語活動は若干縮小する予定です。ただ、頻度は減るけれど、観たい人は定期的に観続けると思います。
来年新たに注目したい人は談笑師花緑。お二人とも良い噂をききます。落語が変わったというか、目指す落語が花開きつつあるようだ。
談笑師の落語は“とても頭のいい人のための落語”という印象があった。落語を聴くようになってほんの3〜4年という自分にはホントの面白さは分からないような気がして、いままでなんとなく距離を置いてきた。でも、今年も終わり近くになって、月例独演会で立て続けに発表した『文七元結』『芝浜』の評判を聞いて、是非聴いてみたいと思いました。
花緑師については、新著『落語家はなぜ噺を忘れないのか』を読んで興味を持ちました。失礼ながら、器用な方ではなさそうだけれど、了見がいいと思った。落友から、落語だけでなく、志らく師との二人会では自分の主張をはっきり言葉にするようになってとても面白いということも聞いた。今まで意識して花緑師を聴いたことはなかったが、これからはもう少しちゃんと聴く機会を作りたいと思った。
お二人は、今年の志らく師と同様にワクワクさせてくれるでしょうか。期待大。




最初は気晴らしのつもりでライブに通い始めた落語ですが、今は、落語からはずいぶん大きなものをもらっている気がします。わたしにとって落語は、ある意味マジメに大切にしていきたいもののひとつです。このブログも途切れ途切れでも長く続けられるといいなと思います。
来年もどうぞよろしくお願いします。