横浜で彦いちの噺をきく



8/10(日)14:00〜15:55?@横浜にぎわい座
※すべて彦いち師
『元犬』
トーク&スライドショー
:座間味キャンプwith白鳥&丈二、きく麿、ぬう生〜大人の遠足with夢枕獏氏(韓国へ山女釣り&38度線非武装地帯ツアー)
『青菜』
『新聞少年』



一昨年の暮れ、下北沢の劇小劇場でやった「喋り倒し」で、彦いち師は「これはまだ(噺の)原型」と断って、高校を卒業して上京し、新聞奨学生として過ごした日々を語った。それを聴いて、これはうまく噺にまとまったら『長島の満月』に匹敵する佳作になるだろうという気がして、はやく落語にしてくれないかなぁと思っていた。今回、ネタ出しされていた『新聞少年』というタイトルを見て、「あ!あの時の話が落語になったんだ」と、この一席目当てで横浜まで出かけた。


開口一番はとても楽しい『元犬』だった。元犬のシロが、単純明快!元気だけがとりえ!みたいな体育会系男子っぽいキャラクターで、とっても彦いちさんらしい。こういう風に個性がでると前座噺も面白いなぁと思った。
裸のシロを見た口入屋は「可哀そうに素っ裸だよ。悪いヤツに騙されたんだろう」、一方シロは、奉納手拭を腰に巻いただけの姿で目を輝かせて「いっしょうけんめい働きまっス!」。やる気マンマンで目が輝いてる半裸の男子っていうのが、なんかもう、バカで元気な筋肉男子丸出しじゃないですか、口入屋「騙されたっていうのに、どうして目がキラキラしてるんだろう、不思議だねぇ」(笑)。
頓珍漢なことばかりするシロに、口入屋のつぶやき「…愛嬌はあるんだよなぁ」が可笑しかった。
鉄瓶が“ちんちん”いってるよ、火からおろしとくれと命じられたシロ、「わかりました!…ちんちんっ!!」っていかめしいカオで雄々しいちんちんのポーズをとる。これも笑った。


『元犬』に続いて、先月、白鳥師らと行った座間味無人島ツアー、さらに夢枕獏氏に誘われて行った韓国への旅を語る。これは彦いち師のライブ「喋り倒し」みたいなコーナーで、とっても面白い。彦いちさんのトークには、彦いちさんの感性や視線のユニークさが強く滲み出ていて、この人の“語り部”としての才能を感じさせる(なので、わたしは「彦いちさんはどうも今ひとつ…」という知り合いには、喋り倒しを聞いてみたら?と勧めています)。
武装地帯ツアーの話が面白かった。“38度線”“国境”“イムジン川”…と聞けばなんだか緊迫感漂う物々しい場所を想像するが、“ツアー”があるってことからも明らかな通り、もはや完全に観光地。なにしろ「ファミリーマート」があり、みやげ物屋には“非武装地帯ストラップ”“非武装地帯爪切り”、さらには“非武装地帯米”なんてものまで売っている、平和で商業主義的空気に満ち満ちた場所なのだそうです。そして、観光客はガイドの一言でちょっとだけ緊迫感を楽しむ。ガイドは何もないフツーの原っぱを指差し「あっちに行ってはイケマセーン、あの辺りには地雷が埋まってマース」、何の変哲もないコンクリートの塊を「あのコンクリート、もしも北朝鮮軍攻めてきたら、落すためにありマース」・・・彦いち師「ディズニーランドのジャングルクルーズと何の変わりもない!」(笑)。どうやらとってもエセっぽいツアーみたいだが、そういうエセっぽさを楽しむツアーと割り切って楽しむもののようです。
トークの後、彦いち師が着物を着替える間、会場を暗くして旅のスライドを見せるのですが、このスライドショーもいいです。さっきトークで言ってたのが、コレか!っていう写真が出る度に、笑いが起こる。可笑しい。でも、なんか切ない…そんな風に、どの写真からも“旅情”が色濃く漂う。そんなんで、彦いちさんのスライドショーを観た後は、猛烈に旅に出たくなります。


『青菜』 彦いち師の得意な古典ネタ。これも植木屋さんが体育会系っぽいところがユニークなんですね、“鞍馬から牛若丸が出でまして”を「オレ職人だから、体で覚えるといいんだよな」って、ヘンなポーズをとって覚えるってのが彦いち師らしくて楽しい。長屋に戻るとおカミさんが頭をどっかにぶつけたとかで鼻血をだしている、なので押入れから出てくるおカミさんは汗まみれ・鼻血まみれなのだ。「これ、奥や!奥!」「だぁぁあーーー!」と叫んで汗と鼻血でどろどろのおカミさんが襖を開け、しかし、すぐまた襖をしめて引っ込んじゃう(なんで?!)。再び亭主に声をかけられて、おカミさんが襖を開けて、亭主に教わったヘンなポーズをとりながら「だぁぁーー!鞍馬からー!牛若丸が出でましてー!」、建具屋の半公、恐れをなして「カミさん、血まみれで踊ってるじゃねえか!」。まさに熱血だー(笑)、バカバカしくて良い。


目当ての『新聞少年』は、19歳当時の彦いち師が体験した新聞奨学生の生活を描いた新作。すべて実話に基づいており、主人公「安田クン」はもちろん彦いちさんの本名だし、地名は言うに及ばず、登場人物の名前もどうやら実名らしい。“ノンフィクション落語”とでもいうのかしら?東京で働きながら大学に行くという生活に、覚悟をもって、しかしまた大きな希望ももって上京してきた安田クンが味わったショックと挫折。それを彦いち師は面白おかしく語る。
現在はどうなのか知らないが、当時の新聞奨学生の生活ってそんなに過酷なのか…とちょっと驚く。言われたとおり働いていたら学校へ行く時間がない…と気づいた安田クン、先輩の一人に尋ねる。「いつ学校へ行けばいいんですか?」、先輩は目を伏せて答えた「大学なんかいけないよ」「新聞奨学生で大学を卒業した人はいないよ」。
他にもまぁイロイロと、笑っちゃうけど「…酷いなぁ」と思わずにいられないエピソードがいっぱい(詳しく書くと新聞ホーメンのヒトに怒られそうな気もするので書きません)。しかし、そこでの矛盾に満ちたルールに従うことしか、若くて貧しい安田クンが東京で生きていく道はなかった。とまどいながら、なんとか日々をこなしていった安田クンだが、最終的には「こんな生活に慣れていいのか…」と自問自答の果てに夜逃げする。
苦い青春の噺だ。


当時、新聞配達員は、ニュースメイトという新聞配達仕様のヤマハのカブに乗って新聞を配った。その配達所のニュースメイトは、調子が悪くなかなかエンジンがかからない。「ブルルルル…ブルン、ブルン!」というエンジンをふかす時の擬音を、彦いち師は所々に入れていたが、『長島の満月』の、遠い昔の記憶がはじける“ふわふわ…パチン”みたいな効果を狙ったものだと思う。前回トークとして聴いた時よりも、エピソードは取捨選択され大分少なくなっていたが、それにしてもまだ多い。完成度はまだまだこれから…という印象をもちました。どうすればいいのか、聴く一方の素人のわたしにはわからないけど、もうちょっとコンパクトにしたほうがいい気がする。ただ、どのエピソードもホントに面白いので、絞るのに悩むだろうなぁ。


彦いち師はこの体験を自分の原点と捉えているようで、それだけに時間がかかってもなんとか噺として完成させたいと考えているのだと思います。
その人の拠って立つところが垣間見えるような高座がわたしは好きで、その意味で彦いち師の自伝的新作落語は魅力的だ。更に磨かれたこの噺を、どこかでまた聴きたいと思う。