三三・左龍の会

9/30(日)18:30〜29:40くらい@池袋演芸場
オープニングトーク 三三&左龍
開口一番 柳家小きち 『真田小僧
三三 『転宅』
左龍 『千早ふる』
お仲入り
左龍 『短命』
三三 『天狗裁き



オープニングトーク 下手から三三・左龍両師が登場し座布団に座った。二人の間が少し離れていたので、左龍さんがもっと間を詰めようと三三さんのほうに座布団を寄せる、すると三三さんは自分の座布団をぴったりと左龍さんの座布団にくっつけて、「ねぇねぇ、F1どーなったの?」と楽屋でおしゃべりしているかのような口調で左龍さんに話しかけた。この後も、三三さんがふざけて左龍さんが「はいはい…」と軽くいなす…という調子でトークが続いた。“落ち着いた兄・左龍と、お茶目な弟・三三”という感じ。
三三さん、楽しそうだなぁ、のびのびしてるなぁと思った。こういう三三さんを、自分はあんまり見たことがなかった。この会も初めてだったのだが、同年代の左龍さんと一緒のこの会では、いつもこんな感じなんだろうか?ともかく、こういう三三さんは、いいなぁと思った。
先日、三三さんのブログに、紀伊國屋の三人衆が終わった後の市馬師・談春師・三三師のスナップが載っていた。そのスナップの三三さんの笑った顔がよくて(…ちなみに市馬師、談春師の顔もすごくいい)、今日のオープニングトークの時の三三さんからは、あのスナップの笑顔に近いものを感じた。普段の三三さんがどういうヒトなのかは知る由もないが、いまどきの30代男子なんだから、もっとはっちゃけたところなんかもあるんじゃないかなぁと想像する。そういう部分がもっとでた三三師の落語が聴いてみたい気がする。
今回はこの会が始まって数えて45回、来年の終わり頃には50回を迎える予定だそうです。記念すべき50回はちょっと趣向を変えてやりたいとのことで、お二人はお客さんに「50回にはこんなことをやって欲しい」というのを会場アンケートに書いて頂戴と頼んでいた。今日も立ち見が出ていたけど、50回目は池袋演芸場ではとても間に合わないんじゃないかな。


小きちクン真田小僧 前よりもとっても良くなってて楽しかった。小きちクンは来年二ツ目になるのだそうです。おめでとう!(拍手)


三三師『転宅』 マクラは主に前日の沼津の落語会の話。“憲法第九条を考える”というような趣旨で開催された会の余興のようなものだったらしく、“禁演落語”をやってくれというリクエストだったそう(なかなかラジカルな会だったみたいだ)。禁演落語の説明から、今でも決してやりたい噺が自由にやれるわけではない…という話へ。テレビやラジオには、いわゆる“自主規制”で放送できない噺がある。それじゃライブならいいかというとそうでもなく、かつて某会で『三人旅』をやったら、師匠の小三治師のところに「あんな噺をやるなんて」と抗議の手紙がきたことがあるそうだ。三三師は、手紙が具体的に何を非難していたのかについてはふれなかったが、おそらく馬の描写やおしくらのことではないか。あの噺の眼目は当然そこではないわけで、三三さんの真意は、抗議の手紙の主にはまったく伝わらなかったのだろう。思いが伝わらずにがっかりすることは多々あって…という話から、以前、黒門亭で『夢金』をやった時の話へ。最後のほうの緊迫した場面の最中に、携帯で写真を撮った客がいて「にゃぁー」というマヌケなシャッター音がした。三三師は、一応最後までやり終えて、その後その客にきっちりと注意をした。そのライブは録画されていたのだが、それを落語協会のHP(インターネット落語会)で流そうという話になった。三三さんは、シャッター音で緊張感がそがれたライブを流すことは不本意だったが、注意をしている場面を含めて流すなら「写真を撮らないで欲しい」ということを伝える上で意味があるかもしれないと思い、承諾した。しかし、事情の詳細を知らずにネットでライブを観た協会の人たちからは、冗談ではあろうけど“三三は客にきつくあたる”などという声もあった  …そんな話を伺うと、こんな日記も少々気が咎める。こういうのも誤解のモトなのだろうなぁ。日記は、観たライブのことを覚えていたい、あとで思い出す時の拠り所にしたいという動機で書いてて、せっかくだから観たいけど観られなかった人にもおすそ分け…という気持ちで公開している。もちろん悪意はないが、それだけに一層迷惑かけてるかもしれない。噺家の皆様には広い心で許していただきたいと頭を下げるしかないです…  閑話休題。その他“ご当地キューピー”の話など。沼津では“さくらもちキューピー”というのが売られていたそうで、三三師、その形状を着ていた羽織を頭から被って解説。羽織を頭から被る三三さんなんて初めて!三三師「昨日も会場で“古典の本格派”と紹介された後に、これをやったんです」。マクラは約15分。独演会じゃないところで長めのマクラをやる三三さんを観るのも、自分には珍しいことだった。
『転宅』は、ドジな泥棒も目から鼻に抜けるような妾も良く、楽しかった。ふと、小三治師匠の『転宅』を思い浮かべて、それとちょっと比べてみたりした。三三さんのは泥棒も妾も若くて元気がよくて、そこが若い三三さんらしくていいと思う。


左龍師『千早ふる』 左龍師のご隠居は、在原業平の句をなんとかこじつけて説明し終えると、「やれやれ」と自分自身でホッとしたような、「どーだ!」と得意気なような、なんとも言えない調子で「…ハッハッハ…ハッハッハッハ!」と高笑いをする。この笑い方と笑いがだんだん高らかになっていく間が実に可笑しかった。私は、左龍さんの顔の表情や仕草に笑ってしまうことが多いのだけど、ただ顔で笑わされたというのではなく、ああいうところに左龍さん独特の面白さが現れてる気がする。


仲入り後の『短命』 客が席につくのを待つ間、この夏さん喬師匠らと共にバーモント州に行き、大学で日本語を学んでいる学生に落語会をした時のエピソードなど。税関で旅行目的を問われて「サイトシーイング!」と答えるものの、行き先は大学だし、滞在期間は10日間だし(10日以上になると仕事した場合は課税の対象になるとかならないとか…)、不審に思われたのか、なかなか通してもらえなかった。でも、楽しかったので来年もまた行きたい(今度は、さん喬師匠抜きで…)等々。『短命』も、やっぱり、左龍さんの表情や仕草が印象的だった。例えば、家に戻った熊が、おかみさんにご飯をよそってもらおうと思いつき、もろ手をあげて「おっかあ!おーい!おーい!」と嬉しそうに呼ぶところ。ぽっちゃりした手がひらひらとおいでおいでをしているのが妙に可愛く、可笑しかった。


最後の天狗裁きは、三三師には珍しく、言い間違いや噛むところが目立った。でも、楽しかったし、お客さんもよく笑っていた。


お二人とも楽しそうだったし、すべて明るく楽しい噺で、気持ちよく休日をしめることができた。


ところで、来年の50回目、客のリクエストとかネタおろしとか考えずに、お二人がやりたい噺を自由にやってみてはどうでしょう?お二人ともそれぞれストレス多き日々みたいなので、たまにはパーッと。