春風亭栄助のシャラポワ寄席ふたたび

9/19(金)20:00〜21:45@しもきた空間リバティ
栄助 『マザコン調べ・序』
ゲスト 上野茂都

※三味線弾きながら、さえない、しかし、しみじみした独り者の暮らしを唄って味わいのある舞台。キャベツの芯は捨てないできざんで餃子の具にしてみたり、布団の気持ちを想像してみたり、そば屋の片隅で憩ったり…そんな日常を送ってる方みたい。
栄助 『古典の天使・新作の悪魔』




この会は、もともと黒門亭でやっていた栄助さんの勉強会として始まったそうだ。諸事情で黒門亭でできなくなり、絹産業の「シャラポワ寄席」として開催することになり、前回がその第一回だったといいます。
シャラポワ寄席」というとぼけた名前の由来。第一回開催当時、シャラポワが人気だった。韓国ではネットで“シャラポワ”の検索数が非常に多いというハナシを小耳に挟んだ栄助さん、もう少し集客に力をいれようと思っていた矢先のことだったので「ネットで検索して間違ってやってくるお客さんがいるかも…」と「シャラポワ寄席」と名づけた(おかげで前回は、お客さんの中にテニス愛好者が少なくなかったとかそうじゃなかったとか…)。今回は、その第二回目だから「シャラポワ寄席ふたたび」。余談ですが、黒門亭の勉強会の時は、毎回名前を変えてて「第一回 ノラ犬が教室にやってきた!Ya!Ya!Ya」とかいう回もあったとか(こーゆー命名がステキだ)。


二つの噺のどちらとも私は初めて聴いた。一日経った今も思い出し笑いをしそうで、もう一度聴きたくてたまりません。


『マザコン調べ・序』 『大工調べ』を下敷きにした新作。マクラでは寄席システム、噺家の序列(前座・二つ目・真打)の説明とともに、『大工調べ』とはどんな話か?というのを説明した。
寄席では次々に出てくる噺家が好き勝手に噺をして引っ込んでいく。そんな噺家の姿を見ているお客さんは、噺家の仕事は“個人プレー”と感じるかもしれない。しかし、寄席は噺家の“チームプレイ”でお客を楽しませる場所。トリの師匠の噺で最高にイイ気持ちになって帰ってもらうために、一人一人がその日何をかけるかを考えてつないでいく。ネタ帳を見て、トリの師匠の持ちネタ・得意ネタを思いながら、「まだあのネタをやってないから、今日あたりやるかもしれない。だとしたら、それとかぶらない噺を…」等々と考えてネタを選ぶことが出演者の暗黙の了解。また、前座がやる噺、二つ目がやる噺、真打がやる噺という区別もなんとなくある。寄席では二つ目は真打の噺をかけてはいけないし、また、真打の噺の中にも浅い出番にはかけてはいけない大ネタというのもある。例えば『文七元結』『芝浜』『井戸の茶碗』などはトリの大ネタ。落語協会の二つ目は、池袋演芸場の「二つ目勉強会」では大ネタに挑戦することを許されている。栄助さんはこの会で『大工調べ』をやった。ちなみに『大工調べ』も大ネタの一つ。
『大工調べ』という噺に栄助さんは常々「大家は本当に因業なのだろうか?むしろ、正しいことを言っているのではないか?」という疑問を感じていた(この疑問は、多くの噺家や聴き手が感じていることでもあるみたいだ)。「皆さん、想像してみてください…」と栄助さん。かりに、いちばーん嫌いな友達に12万800円貸したとしましょう(「あくまで、いちばんイヤな友達ですよ、そいつの顔を思い浮かべてください」と念を押す)。ソイツが12万円を返しにきた。12万円を返して、さぁもういいじゃないか!「残りはたかが800円」と言ったら、どう思いますか…?(このたとえは的確で面白かったな)。“たかが”というのは、あくまで貸した側が言える言葉。借りた立場(の与太郎の代弁)で「たかが800文」と言ったり、理屈で負けそうになるとキレて啖呵をはいたりする棟梁のほうが間違っているのではないか。それなのに、大岡様にも「お前が悪い」みたいに裁かれちゃって、大家はなんだか可哀そうだ。
…というわけで、“尻をまくってキレるようなヤツこそ間違ってる!”というのが分かりやすい落語をやってみようと考えて生まれたのがこれ…という話だった。


登場人物は…
ザコン青年・マキヒコさん(=与太郎
マキヒコの母(=棟梁)
マキヒコが恋するカズエ(=大家)
カズエの恋人・ユウジ(=大家の家内=婆さん)
スーパーのレジ係イトウさん(=前の大家、つまり婆さんの死んじゃったモト亭主)
※カズエはスーパーでレジ係をしていて、イトウさんは彼女の前任者。ユウジはイトウさんの元彼でもある。


大手スーパーを経営している一族の後継者マキヒコさん。現在、三ノ輪の店で“アジフライにパン粉をつける”下積み修行中(実は、現場の店長につかいものにならないと見切りをつけられ、そういう係りに廻されちゃったわけだが)。しかし、マキヒコさんを猫かわいがりするママの口ぞえで、下積み修行を“2週間”で終え、もうじき本社に常務として戻ることになってる。そんなマキヒコさんがレジ係りのカズエを見初めた。カズエはユウジという恋人がいるのでつきあえないと断る。カズエを諦めきれないマキヒコ。そこでマキヒコママが登場、マキヒコを伴ってカズエのアパートに押しかけ、「息子とつきあえ」と迫る…。
マキヒコママには、カズエをマキヒコの嫁に迎える気は毛頭ない。ただ「息子のオモチャになれ」という、人を人とも思わないマコトに無礼なことをカズエに要求する。その身勝手、傍若無人ぶり、言葉の暴力というのが物凄い、しかしサイコーに面白い。『大工調べ』を知らなくても充分面白いと思うけど、マキヒコママが切れて啖呵をきってカズエの過去を言い立てたり、それに対するカズエ、マキヒコ、ユウジの反応・セリフは、古典の『大工調べ』を踏まえたもので、『大工調べ』を知ってる落語好きならますます面白い。
カズエに対する悪口雑言の言い立てがもの凄く面白い(古典の『大工調べ』のセリフと一つ一つ対応して書けたら、あの面白さをちょっとでも伝えられそうだけど、すいません、それができません、是非聴いていただきたい)。栄助さんの、“言葉選び”なのだろうか、そういうセンスの良さを所々で感じてステキだと思った。可愛いレジ係と評判のカズエを「ちょっとくらい“レジ可愛い”とか言われていい気になってんじゃないわよ!」ってマキヒコママが罵倒する。“レジ可愛い”ってサイコーだ!




『古典の天使・新作の悪魔』 栄助さんいわく「噺家の葛藤を描いた問題作」。
主人公は、上野鈴本に春風亭一之輔さんの代演であがることになった噺家(=栄助さん)。今日のお客さんはすごくいい、こんないいお客さんだから、今日は思い切って新作をやろう!…いや、でもここは鈴本だ、やっぱり古典をやろう。…でも、せっかくのチャンスなんだから新作をやったほうがいいのでは…?と迷う噺家。すると、透き通った羽のある“オツな小紋”を着た小さな妖精のような女の子が現れた。彼女は“古典の天使”。「ここをどこだと思ってるの!古典の殿堂上野鈴本よっ!古典をおやりなさい」と叱る。天使に言われるままに「よし!今日は古典でご機嫌をうかがおう!」と決意したとたん、“ドーン!”と大音響とともに背中にこうもりのような羽をつけ、ジーン・シモンズみたいなメイクに“ワッペンつきの着物”を着た男が現れる。この男は“新作の悪魔”。「鈴本がお前に何をしてくれたって言うんだよ?新作をやれ!」とそそのかす。「そうだ!新作をやろう!」と決意を翻す噺家。「だめよ!」と古典の天使が必死によびかける。この後、噺家は、古典の天使と新作の悪魔にはさまれて、どっちを高座にかけるか、揺れに揺れ、迷いに迷う…という噺。


これも、もの凄く面白かった。鈴本を知る落語ファンにはたまらないギャグがいっぱいあって、例えば、天使「ほら、あそこで助六寿司を頬張ってる春日部から来た老夫婦を御覧なさい」なんて。
古典と新作、席亭と噺家、落語界における力関係を世に問うた、確かに問題作かもしれません(笑)。下げもよかった。落語に詳しくないヒトでも最初のマクラ(大ネタの説明等々)のおかげで分かりやすかったのではないかと思いました。




落語をあんまり知らないヒトも楽しく聴ける、落語ファンは一層楽しめる…そんな二席だったと思います。
この会、この先もずっと続けて欲しい。いつか、本家シャラポワが消えた時も、栄助「シャラポワ寄席」はあったりして。そうなるといい。