志らくのピン 〜古典落語編〜

19:00〜21:15@内幸町ホール
開口一番 立川らく次 『黄金の大黒』
(以下すべて志らくさん)
『替り目』
『唐茄子屋政談』
仲入り
『猫久』
『妲妃のお百』





『妲妃のお百』(…ホントだ、志らくさんが言ってた通り“だっき”が変換できない)はネタおろし、しかも仲入り前に『唐茄子屋政談』。志らくさん以外にこの四席をこの順番でやろうとするヒトはいないだろうなぁ、さすがに後半は少々お疲れが見えたように思った。


今日の四席の中でどれが一番良かった?と尋ねられたら、自分の場合は『唐茄子屋政談』と『替り目』でうーむ…と悩んで、『唐茄子屋政談』?て感じです。志らくさんの“ダメダメなんだけど、根はいいヤツ”(『唐茄子屋政談』の若旦那とか、『替り目』の酔っ払い、あと『子別れ』の大工とか…)というキャラクターは、時々ハッとするほど純なところがあり(家元の落語にも時々そういうキャラクターが登場する気がする…)、自分はどうもそういうのに弱い。
でも、『妲妃のお百』もまたいつか聴いてみたいと思いました。今日は「志らくさん、大丈夫?」って、ちょっとハラハラしたところがあったけど、絶好調の志らくさんだったら、もっとゾクゾクさせてくれそうな気がします(とはいえ、今日のもかなり怖かったんだけど)。


『替り目』女房に酒のつまみのおでんを買いに行かせた酔っ払いが、独り言で“ホントはアイツに惚れてるんだ”と惚気るところがありますね、あそこが良かった。志らくさんの酔っ払いは、カミさんのおちょぼ口がいいんだ、照れくさくて言えないんだけど、心の中ではそのおちょぼ口に「チューをさせてくだしゃーい!」と叫んでいるんだ!…と心情を独白(「チューをさせてくだしゃーい」ってのが断然可愛くて、ここだけで『唐茄子屋政談』とどっちに高い点数をつけるか迷ったのです)。


『唐茄子屋政談』おじさんが連れ帰った徳三郎に、ご飯のおかずが何もない、魚を買ってこようか、それとも鰻を買おうかとあれこれ世話を焼くおばさん。そんなおばさんを叱りつつ、実は前の晩も「とくー、とくー…」と夢で徳三郎の名前を呼ぶくらい心配しているおじさん。二人に愛されていると知って、徳三郎がニマーッと抜け目なく笑う顔がなんともいえない。それから因業大家のすごくこわーい顔(あれは、志らくさんがおっかなくて口に出せない“誰か”のマネ?)。それから、おかみさんが首吊りしようとした顛末を、おじさんと徳に説明していた隣の婆さんが「あたしはもう辛くって言えないから、代わりに話しとくれ、寅さん」と振り返ると、何故か渥美清の寅さんが登場、その後「あつい、あつい」とタコ社長も出てきたりして、こういう滅茶苦茶が可笑しい。でも、徳が「お腹が空くってのは、辛いよ…」と男の子に弁当を与える、男の子がそれをむさぼる、そのあたりはほろっとしそうになる。可笑しいのとホロッとと、その混ざり具合がいかったです。


『猫久』後半の、武士の言い様を真似るところが面白いのだけど、他の三席に比べたらちょっと物足りなかった。でも、私は『猫久』を聴いて心から面白いとか、いい!と思ったことがまだありません。以前、喬太郎さんのを聴いた時も「これ、どこで笑うんだろう?もしかして笑う噺じゃないのかな?」と思ったくらいです。この噺でお客を満足させた小さん師匠はやはり名人なんだろうなぁ。


『妲妃のお百』お百の過去や彼女に関わる人物達の説明、ややふわふわとしていて、まだ志らくさんの中に噺が入っていない感じがしました。でも、後半はさすがに怖かった。病み衰えていくお峯が怖い。それから、彼女が重吉に殺される場面、逃げる重吉の乗った駕籠が霧に巻かれて細い道に迷い込み、その行く手を阻むように道の向こうにお峯の亡霊がたたずんでいる場面、画が浮かんできてゾクゾクした(こういうシーンが映像的に浮かんでくるのが志らくさんの語りの魅力)。
ところで、『妲妃のお百』、自分は講談も家元の落語も聴いたことがないので、志らくさんのと同じなのか違うのか、志らくさんの噺のどこにどんな工夫があるか分からないのですが、志らくさんのお百はお峯の幽霊に取り殺さた。
お百はその残酷な心とは裏腹に虫も殺さぬような美しい顔だったけど、お百の死顔は鬼のように恐ろしく、お百の本当の人柄を知っている人は「これが本当のこの女の顔だ」と言い合った… というラスト。このラストは、ちょっと印象的でした。




今日は一席目のマクラで、先ごろ珍しくテレビの仕事をしたという話をされた。NHK・BSの日本各地の盆踊りだかお祭だかを紹介する番組の司会をなさったそう。その件は今日のパンフレットにも書かれていたのだが、落語のためにテレビというメディアを活用できないかと考えて出演されたそうだが、志らくさんご自身には不本意な結果だったという。台本通りにしゃべるのは苦手だとか、心にもないことを言うと噛むとか、しきりにこぼしていたのが、失礼ながら可愛かった。よっぱど不本意だったんだな、それをずーっと考えてるのが志らくさんらしいなぁと思いました。