にぎわい座9月興行「横浜で彦いちの噺をきく」

9/2(日)14:00〜16:05 @にぎわい座芸能ホール
権助魚』

スライド
 →この夏、彦いちさんが仕事で訪れたクアラルンプール、ペナン島ブルネイ
ジャッキー・チェンの息子』
『睨み合い 完全版』





この会は、昔はにぎわい座の地下の小ホールでこじんまりやっていた。実は大きな会場に移ってからは行っていなくて(彦いちさん、スミマセン)詳細を知らないのだけど、前回まではゲストを呼んでいたらしい。しかし今回からは、地下ホールでやっていた頃のように彦いち師が一人で高座をつとめることにしたそうです。
というわけで、今日はライブ「喋り倒し」に近い雰囲気だった。




権助魚』の前に、この夏、ロンドン在住の笑福亭鶴笑さんら数名の噺家・芸人と一緒にマレーシアとブルネイでやった英語落語会の話(プロデュースは大島希巳江さんのようです)。
ブルネイのお金持ちエピソードを聞いて、ブルネイの子になりたくなりました。
ブルネイは石油のおかげでとっても豊かで近代化が進んだ国と聞いていたが、今も水の上の高床式家屋に暮らす人々がけっこういるという。でも、彼らは好んでそうしてるのだそうだ。ブルネイの王様は国民のために陸に立派な高層マンションを建てて「ほれ、民よ、ここに住まうがよいぞ」なんか言ってるらしいのだが、住民は水の上を離れたがらないという。“水上で生活してる”なんて聞くと、勝手に、小舟につんだ果物を売り歩く(…じゃなくて「売り漕ぐ」?)のをなりわいとするような、そんなのどかな暮らしをイメージしてしまうのですが、全然違うんですね。水上生活者は、朝、舟で水の上の住居を出ると舟着き場から陸にあがる。そこには駐車場があって彼らのベンツ(!)が停めてあり、それに乗って街のオフィスに出勤するんだそうだ。水上生活とベンツの激しいギャップにとまどいます。
そんなブルネイイスラム教国なので、落語会をやるにあたっては“検閲”なんかもある。今回は『初天神』と『権助魚』をかけたが、『初天神』について「父親は子供にねだられて、どれくらいの(価格の)ものまで買い与えるのか?」と質問されたとか。父親が子供にねだられて飴玉一個、団子一本をしぶしぶ買い与える『初天神』を、ブルネイの人はどう思ったろうね。ちなみにイスラム教では第四夫人だか第五夫人まではOKなので『権助魚』(お妾さんが出てくる)は学校寄席の演目としてもノープロブレムなのだそうです。面白いですね。


権助魚』のあと、その旅の模様をスライドで見せてくれたのだけど、今回は彦いちさんの解説はなし。BGMだけが流れるスライドショー。旅の疲れか前夜のお酒か、むくんだ顔の彦いち師、クアラルンプールの夜、街の食堂、モスク、マングローブの林…どのスナップにも熱帯雨林のみっしり重いけだるい空気と、ちょっとだけ旅の心細さが漂ってる気がしました。けっこうハードな旅だったみたいだ。
その間、彦いちさんは楽屋で着替えて、再び登場。休憩ナシで会は続く。




ジャッキー・チェンの息子』ジャッキー・チェンの息子は『掛け声指南』のタイ人セコンドと同じ喋り方で、そのうち「ガンバレー、ガンバレー」って言い出すんじゃないか?と可笑しかった。




最後の『睨み合い 完全版』はとても面白かった。もともと『睨み合い』という彦いちさんの実体験から作った噺があって、これに、最近マクラや「喋り倒し」で披露した面白エピソードを加えたものみたい。こういうのは彦いちさんにしか作れない噺だと思うし、こういう噺の時の彦いちさんはとてもいい。


電車の中で、座ってガタン・ゴトーン、ガタン・ゴトーン…というリズムに身を任せていると、かつて自分が遭遇した、あるいは目撃した、様々な“睨み合い”の場面がよみがえる…


正月気分も過ぎた頃、中野のスタバでのこと。コーヒーを買って窓際の席に腰を下ろし、忙しかった正月寄席のことを思いながら眼を瞑る。どっと押し寄せる睡魔…間髪をいれず、男性スタッフが「お客様。当店では居眠りは禁止となっております」。マニュアルチックな対応にカチンと来た彦いちさん、スタッフと睨み合い!さらに女性店長も登場、3人が睨み合う!


(…ガタン・ゴトーン、ガタン・ゴトーン…)


台風の日の空港。激しい風雨で欠航と遅延が続く。カウンターでは、待ちくたびれてイライラがピークに達した男性客とカウンタースタッフが睨み合い。男性「…飛べよ!」「とーっても大事な用事があるんだよ。子供が産まれる!…くらい大事なんだ!」(産まれるんじゃないのか?!)


(…ガタン・ゴトーン、ガタン・ゴトーン…)


下北沢で向こうからやってきた知らない人、彦いちさんを見て「あぁ!」と親しげに声をあげた。誰だっけ?誰だったかな?向こうも自分をはっきり思い出せないらしい、あいまいな笑顔で睨み合い。やがて向こうが一言。「同じ服ですね!」


(…ガタン・ゴトーン、ガタン・ゴトーン…)


電車の中でいちゃつくカップル。思いっきり“不愉快だ!”目線を送る彦いちさん。外は暗い、ミラー状態になった車窓越しにカップルの女と睨み合い。突然、女が抱き合ったまま彼氏に「…ねぇ、林家彦いちって知ってる?」


(…ガタン・ゴトーン、ガタン・ゴトーン…)


急停止した電車。先輩と後輩らしい会社員二人が「ちっ!きっと人身事故だぞ」、おばさんの二人連れが「ま!人身事故ですって!」…彦いち師の周りでは、いつの間にか急停止の原因は“人身事故”ということになっている。なかなか動き出さない電車。すると、シャカシャカシャカシャカ音漏れさせて音楽を聴いてた若い男の子が、突然「ざけんなよ!」と声をあげ床を蹴りつけた。…“キレる若者”か?!車内はシーンと静まり返る。いざとなったら、コイツとどう闘うか?頭の中でシュミレーションしながら、若者を睨む武闘派彦いち。と、若者がジーンズの尻ポケットに手をやった。ナイフか!?車内に緊張が走る…


実際の彦いち師の噺では、これらのエピソードの他にも“木久蔵一門で中国に行った時、人民服を着た木久蔵師匠と日本人おばさん観光客が睨みあい”とか“山手線に乗っていた彦いち師、原宿駅でふと顔をあげると、目の前にマックのトレイを持った男子が立っていて、睨みあい”とか“渋谷センター街で耳にした「ぶっちゃけ」の正しい使い方”等々、彦いちさんの面白話がたくさんちりばめられています。もちろん、それは誇張も虚構もあるのだろうけど、その時の現場の空気みたいなものが伝わってきて楽しい。
これも、また是非、聴きたいものだと思いました。
ブルネイの体験も、きっといつか彦いち噺になるんだろうなと期待しています。