6/8 桃太郎&昇太 史上最笑の2人会

19:00〜21:10@練馬文化センター小ホール

開口一番 昔昔亭A太郎 「権兵衛狸」
三遊亭王楽 「読書の時間」
昔昔亭桃太郎 「結婚相談所」
仲入り
桃太郎師と昇太師のトークショー
春風亭昇太 「時そば

「月に一度はナマ昇太」活動の一環で行った会。


A太郎さん淡々と駄洒落とギャグをたたみかけるやり方(桃太郎師風のやり方)をやろうとしているのだと思うけど、淡々ではなく一本調子に聞こえてしまうのだ。がんばれー。
王楽さんいつもの“好楽・王楽親子のライバルは団十郎海老蔵親子”ネタから三枝師匠直伝という「読書の時間」へ。王楽さんは、たぶんオリジナルにかなり忠実にやっているのではないかと思う、“昔の新作”というニオイがやや強く、自分はあまりピンと来なかった。でも、三枝師匠がやればまた別だろうな。高校生の息子が父親の本棚から借りた「竜馬が往く」が実はポルノ小説で、それを授業(読書の時間)で朗読するハメになり…という新作落語。先生に朗読を命じられた息子が、ポルノ小説の描写に「おーぅ!」と声をあげるところなんか、三枝師がやったら今観ても面白いと思う。

桃太郎師お馴染み「結婚相談所」。
相談者と、彼のプロフィールを書類に書き込む結婚相談所の職員のやりとり。
職員「お住まいはどこですか?」
相談者「うち(自宅)です」
職員「うちはどこです?」
相談者「八百屋のとなりです」
職員「うちと八百屋はどこにあるんです」
相談者「駅の近くです」
…という調子で、これが延々と続く。相談者のボケっぷり自体は古いし、ギャグもホントにしょーもない駄洒落で、そんなんで笑うのが悔しくなるくらいなんだが、桃太郎師の、あの独特の雰囲気と間でやられると不思議と可笑しいのだよなぁ。
例によって、最初の漫談的なところが長くて「今日も噺をやらないのかなぁ」と諦めかけた頃にようやく噺が始まり、ごく短めだった。自分はちゃんと落語を聴きたいほうなので(だって聴いたことのない噺がまだいっぱいある)、師の高座は正直ちょびっと物足りない。でも、昨日昇太さんも言っていたが、桃太郎師は存在自体が“芸”というか、その姿や佇まいだけで可笑しさを誘える芸人なのだ。そういうところが、さすが一番弟子、柳昇師匠に似ているのですね。

トークショー桃太郎&昇太両師が語る柳昇師匠。
今月16日が柳昇師匠の六回忌ということで、今回は柳昇師匠の追善という企画意図もあったようです。昇太師や柳昇師匠の初めてきいたエピソードなどもあって興味深かった。印象に残ったエピソードをいくつか。

○昇太師が東海大落研時代、弟子入りしたいと思っていた師匠は三人いた。川柳師匠、円丈師匠、そして柳昇師匠。川柳師匠については「この人は遠くから観ていたほうがいい人だ」と悟った(わはは)。円丈師匠は細かいところを追及するタイプなので自分とは合わないかもしれないと思った。柳昇師に弟子入りを決めたのは、柳昇師の弟子達の会を観た時のこと。お弟子さんたちの芸の方向がそれぞれ違い、みんな同じじゃなかった。柳昇師という人は、きっと、自分のやり方を押し付ける人ではないと思った、それが決め手になった(よくできた話で、後から考えたんでしょー?という気がちょびっとしないでもないが、昇太師は基本的にクレバーできっちり計算するタイプだと思うので、まんざらただのネタでもないと思う。師匠候補の顔ぶれを見ても、昇太さんは自分がどこに行けば伸びるかとか、人がいかないところを選ぶというか、ニッチをうまく探り当てるというか、そういうマーケティング的な思考が働く人だと思う。そして、昔から本当に新作を、人と違った落語をやりたいヒトだったんだなーと思う)。
○柳昇師匠は負けず嫌いであった。弟子達とやる親子会で弟子が自分よりウケると、ひじょーに不機嫌になったという。舞台の袖に立って弟子の高座を見ているのだが(「あれはヤだったよなー」と桃太郎&昇太両師は話していた)、客席が沸くたびにムッとする。桃太郎師は「だから、うけないようにうけないようにとやってたけど」、昇太さんはまったく頓着せずに平気でどかんどかん客席を沸かし、桃太郎師は「袖にいて気が気じゃなかった」。しかし、柳昇師は自分とよく似ている桃太郎師とやる時が一番やりにくかったらしい。桃太郎師は桃太郎師で、師匠の言うことをきかず口ごたえばかりしていた(師匠と一番弟子の関係はどこも特別なんだよと、お二人は話していた。「俺はホントに師匠の言うこときかなかったなぁ。俺が師匠だったら、あんな弟子はとっくに破門してるよ」と反省しきりの桃太郎師に、昇太師「今頃反省してどうすんですか?」と容赦なかった)。
○柳昇師匠は女性が大好きであった。昇太さんは、自分のファンの女の子を何人も師匠にとられた(つか、昇太さんにその気がなかったから、女子はやむなく柳昇おじいちゃんのところに行ったんだよ、そうに決まってるよ)。気がつくと自分のファンだった女の子が柳昇師の楽屋に出入りしていて、師匠から「昇太、このコ、○○さん」と紹介されることがしばしば。亡くなる直前、昇太さんと柳好さんが病院にお見舞いに行き、ベッドの上におこそうとすると「もう、いい」と寝たままでいたが、そこに美人の看護婦さんが入ってきた途端、「看護婦さーん、おこしてくださーい」と手を差し伸べ、看護婦さんに抱きかかえられて嬉しそうにしていた。
昇太師「それが、僕達が見た生きている師匠の最後の姿です」


ご存命のうちに、柳昇師のナマの高座を見たかったなぁと思った。

トークショーでは、最近、ついに昇太さんが弟子をとったことも話題に上った。昇吉さんと昇々さん(「しょうしょう」って言ってたから、この字かな?それとも小昇?)。どっちがそうなのか分かりませんが、一人は東大卒だそうです。落語界のようなところだと東大卒という経歴はやっかいだろうな、しかも弟子入りしたのが売れっ子の昇太さんでは、いろーんなことを言われるのだろうな、大変だなぁ…なんて思ったりする。

昇太さんお得意の「時そば」。
時そば」は昇太に限る。と私は思っているのですが、昨日もほーんとに面白かった。私は昇太ファンなので、そもそも笑う構えでいるということはあるけど、それにしてももう何回聴いたか分からないこの噺であんなに笑えるのだから、やっぱり昇太師の「時そば」は絶品と思う。
師の「時そば」は上方の「時うどん」をベースにしているらしい。前の晩、要領よく鮮やかに一文をごまかした兄貴を、自分との会話まで含めてそっくりそのままマネ(再現)しようとする愚か者は、そば屋から見るとヘンなヒトで、そのヘンなヒトとのかみ合わない会話がこの噺のおもしろさだと思うが、昇太さん版では愚か者はクレイジーの域に達していて、そのクレイジーに怯えるそば屋とのやりとりがたまらなく可笑しい。
「そば屋、そば屋!『お連れの方もいかがですか?』って言ってくれよぉ!」と言われ、えっ!誰か居るの?見えるのぉー?!と驚愕するそば屋。恐る恐る「お連れの方もいかがですか?」と言うと「いーんだよ、こいつはソバなんて粋なもんを喰うって柄じゃない、犬やネコを生きたまま喰らうってヤツだ」(これは前の晩の兄貴が自分を指して言った軽口をそのまま真似してる)と応じられ、一段と怯える。ソバを食べきった後「あー!あー!あー!」とカラスのような悲鳴をあげて、もうソバがない!と騒ぐ愚か者に、そば屋が泣きながら叫ぶセリフ「あ、あなたが食べたんじゃありませんかぁ」なんかは、何回きいても笑える。
あと、愚か者が、兄貴に食べつくされてたった3本残ったそばを「ながーいの(ちゅるるるる…)」「ちゅうっくらいの(ちゅるる…)」「みじかいーの(ちゅぱっ!)」と音を立てて食べる仕草がすごく可愛いくて、ここんとこは大好きだ。
昇太さんの落語に出てくる愚かなヒトは、昇太師自身が以前そう言っていたけど、「こっちへ来い」と呼び寄せて「もぉー、ばか」とコツンと額を一つ打った後、思い切り抱きしめてやりたいような可愛さがあります。

昇太さんが爆笑をさらって幕が下り、「やっぱ昇太さんおもしろいなぁ」とつぶやいたら、隣の席の初老の男性が「そうですねぇ」と相槌をうった。思わず微笑み合ってしまったよ。