月例三三独演

@内幸町ホール 19:00〜21:00


三三 「転失気」
高座返し 柳家生ねん 「一目あがり」
三三 「花見の仇討ち」
仲入り
三三 「ろくろ首」


パンフレットの三三さんのごあいさつ。
噺家は人様に楽しんでもらうもの
―わかっているつもりでも忘れがちで、
かつ安っぽい手段を取りがちなトコが始末に悪いわけで。
今日は心してます!…ん〜、そのハズです。」

このごあいさつと今日の番組の関係やいかに?


仲入り後に三三さん自らがちらっと解説してくださったが、「転失気」は尾篭なネタで、「花見の仇討ち」は大げさないんちき殺陣の動きで笑いをとる…というやり方もアリではあるけれど、それを“安っぽい手段”と評したのだと思う。(噺に入るまえだったから「ろくろ首」についてはノーコメントだったけど、この噺の場合は、褌につけた紐を引っ張る回数で「さよう、さよう」「ごもっとも、ごもっとも」「なかなか」と返事を変えるという辺りが、笑いをとりやすいのかな?)。
で、三三さんとしては、そんな風に笑いをとりたくはないと。今日は特にそのつもりで演りますと。そういうことだったみたいです。
その意味では、例えば「転失気」は、“しったかぶり”の滑稽でちゃんと笑わせていたので、意図通りだったと思います。


それと今夜はあえて自分に合ってない噺をもってきている気がしました。
(これは、あくまでも私の感覚なので伝わらないかもしれないけど)三三さんの落語は“楷書っぽい達者な草書”という気がします。なんか、どこかしら“かっちり”してるなーという気がするのです。だから、どこかピリッとしたところがある噺とか、緊迫感のある噺(…例えば、去年の「鰍沢」…)とか、古風なしっとりした噺なんかは、三三さんに合ってるし、三三さんもお得意にしているのではないのか?と想像する。
でも、今回の噺のような、肩の凝らない気軽にあはは!と笑っておしまいという感じの噺を三三さんで聴いて心からあーいいなーと思ったことは、まだない。
それは、小三治師匠と比べるとすごーく感じます(比べちゃ酷かもしれませんが)。この前、赤坂区民センターで小三治師匠の「粗忽の釘」「粗忽長屋」という“It's a 粗忽ワールド”を聴いたんですけど、そりゃーもう、よかった。愛すべき粗忽者!って感じで、すごーくたい蕩とした気分になった。三三さんは、本当にうまいけれど、まだお客をそういう境地に運ぶまでには行ってないのかもしれないと思いました(…落語初心者の分際で恐れ多いことを言っておりますね、恐縮です)。
もちろん、三三さんは、そういうことも自覚していらして、だから、今日はこんな噺ばっかりを選んだのではないか?「噺家は人様に楽しんでもらうもの―わかっているつもりでも忘れがち…」というのは、そういうことかな?と思いました。


で、そんなこととも関係あるかもしれないが、今日の私の収穫は、初めて聴いた柳家生ねんさんでした。さん生さんのお弟子さんだそうです。「一目あがり」というネタが、この人に合ってたのかもしれないけど、この人、もう、与太郎ワールドから抜け出してきたみたいにぼわーっとした雰囲気が観てるだけでおかしい。坊主頭で、円楽師匠のお線香のCMの定吉みたいです。高座にあがって「さん生の弟子の生ねんと申しますぅ〜」と挨拶しただけで、会場に笑いが起こった。でも、ただの天然というわけではなく、口調もしっかりしてて、メリハリもあって、すごくよかった。
彼の後に高座にあがった三三さんは、彼の口調を真似して笑わせたが、「あんな風にケレン味なくやりたいですな。…ま、ダメでしょうな、ケレンが出てしまいます」とつぶやいた。それを聴いて、そうか、三三さんは自分の課題はそこらだと思っているのかなぁと感じて、パンフレットのごあいさつの意味が分かったような気がしたのです。