春の文左衛門大会 5/3





5/3(土)13:45〜16:20@なかの芸能小劇場
開口一番 柳家小ぞう 『子ほめ』
橘家文左衛門 『試し酒』
古今亭志ん五 『道具屋』
仲入り
橘家文左衛門 『子別れ』(下)





今日から5月5日まで3日連続開催の春の文左衛門大会。今日はその初日で「文左衛門長講二席」。
わたしは寄席で文左衛門師匠を聴くことが多いので、師匠の落語がたっぷり聴けるこういう会は嬉しい。今日の長講二席は、“長くてたっぷり”というよりは、文左衛門師匠らしい細やかで丁寧な落語をじーっくり!という感じでした。


酒好きの男が医者から肝臓が悪くなっていると診断される。どうしてこんなことに?と男が尋ねると…
医者「どうしてって、お酒のせいですよ」
男「酒のせい?!よかったー、オレのせいじゃないんだ」
いつものお酒の小噺から『試し酒』。近江屋の下男・久造に酒を呑ませるために、大家の主人が一升はいる盃を持ってこさせる。盃には「武蔵野」の文字(武蔵野は広くて“野は見尽くせない”=のみつくせない)。その盃になみなみと注がれた一杯目の酒を、久造は「…んぐっ…んぐっ…んぐっ…」と、息もつかずに飲み干す。なにしろ一升分だから「…んぐっ…んぐっ…んぐっ…」もとっても時間が長かった。
二杯目は味わって。嬉しそうに「こんなうまい酒、呑んだことない!」呑みつつも、久造は部屋のあちこちの調度に目をやって、お屋敷の主の懐具合を値踏みする余裕がある。「こんな上手い酒飲んで…いい身分だねぇ」。
三杯目はちょっとご機嫌になってきて都都逸もでてくる。「明けの鐘 ごんとなる頃 三日月型の 櫛が落ちてる四畳半…」口ずさんだ後で「意味わかんね」(笑)。久造の呑みっぷりを、一杯一杯、じっくり描く。かなりゆっーくり丁寧にやるんだなぁ。その時間の分だけ自分もなんだか酔いがまわっていくような気持ちになる。
四杯目は、呆れつつ久造を見守る主人のセリフで盃が空けられる様子を描く。
最後の一杯、久造はようやく「少し酔ったかな?」。苦しそうに盃を傾ける様子を見てると、なんだか自分も食道をお酒が逆流してきそう。うぅーツライー!と思いながら観ちゃったよ。マクラを含めて約50分。『試し酒』をこんなにみっちり聴かせてもらったのは初めてだなぁ。


今日のゲストは志ん五師匠。「今日は文左衛門大会という、おおたばな会でして…」近頃“おおたば”なんてコトバ聞かないなー、でも、たしかにこの会“おおたば”って感じだよなぁ…と、なんだか可笑しかった。文左衛門師の「与太郎をやってください」というリクエストに応えて『道具屋』志ん五師匠の与太郎ったら、凄く可笑しい!マクラの与太郎小噺(兄弟揃ってバカ、親子揃ってバカ、一家全員バカ…)の「あーーーんちゃ〜ん!」の第一声で爆笑してしまった。いや、もう、見事な与太郎っぷり。与太郎の兄・父の「ぶぁかーー!(バカーー!)」のマヌケな一喝(ちょっと東八郎がはいってる…)も素晴らしいわー。一席目の『試し酒』で久造の呑みっぷりを集中してじーっと見つめていた反動か、「あーーんちゃ〜ん!」「ぶぁかーー!」でわたしの中の何かがプチッと切れたのかも。大笑いしてしまいました。
得意気に“鼠おろし”を説明する与太郎に「…おじさん、寒気してきちゃった」っておじさんのセリフといい方がなんとも言えずに可笑しかった。
基本的にセリフも運びもきわめてオーソドックスな『道具屋』なのだが、こんなに笑わされるとは!ひとえに、あの与太郎のバカっぷりにやられたのだな。与太郎やってる時の志ん五師匠の顔といったら、青洟たらしてないのが不思議なくらいだよー。


目当ての『子別れ』。“長講”っていったら『子別れ』は通しだけど、文左衛門師匠のは「下」だけでも充分聴き応えがありました。


師匠の人情噺は、登場人物のちょっとしたセリフがいい。例えば、冒頭の伊勢屋の番頭と熊の会話、熊がぽつんと言う「洗濯物てなぁ、溜まりますねぇ」。独り者の男の不器用な暮らしぶりとか、男の淋しさがすっと伝わってくるなぁと思った。こういうちょっとした心憎いセリフが要所要所にあって、こういうところから、文左衛門師匠の落語って細やかだなぁと思うのだ。
それから、何も言わない時がいい。黙っている、その時間・表情から複雑な感情が伝わってくる。例えば、自分を呼ぶ父親の声に驚く亀吉の表情。「おとっつぁんだ!」と嬉しさに声をあげそうになるが、その声をのみこんで、もじもじと躊躇する。その時の亀吉の、嬉しそうな、泣き出しそうな、なんとも言えない顔…。父と離れていた3年間に胸に溜まったいろんな思いが察せられて、いっぺんで可愛いなぁと思ってしまう。


文左衛門師の亀吉は、無邪気な、いい意味で子供らしい子供だが、熊が「おっかさんは、おとっつぁんのこと、何か言っているか?」と尋ねると、「はい?」ととぼける。重ねて尋ねる熊。とうとう三度目に、亀吉、あごを突き出して「はぃーン」。志村けんみたい!憎々しくて可笑しい!
「周りに世話する人がいるけど、おっかさん、いつも断ってんだ。亭主はせんの呑んだくれでこりごりだって」「でも、おっかさんはおとっつぁんのこと、悪く言ってないよ。おっかさん言うんだ“おとっつぁんをうらんじゃいけないよ、うらむんならお酒をうらみな”って」まんざらでもない様子の熊に、亀吉「これって“首の皮一枚”ってヤツ?」


息子に50銭の小遣いをやり、改めてしみじみと息子の顔を見る熊(こういうところも、久しぶりに子供にあった父親らしくて、いいなぁと思った)。そこで熊は、初めて亀吉のひたいの傷に気づく。斉藤さんの坊ちゃんにやられた…と傷のワケを聞いた熊は目頭をおさえる。「おっかさん言ってたよ、あんな亭主でも居てくれれば少しはカカシになったのにって…」「…そうか。居てやれなくてすまなかったな。よくガマンした、偉いぞ、男の子だ」息子を誉めながら、涙をこらえている熊の表情がなんともいえない。
だが、文左衛門師の熊は涙をこらえるだけじゃなかった!
亀吉に斉藤さんの家の場所を尋ねると、熊はキッと斉藤さん宅を睨み「斉藤さんよ、やってくれたじゃねぇか」とつぶやいて、掌を組んで指をポキポキッと鳴らした(!)。「亀。近々斉藤さんちに不幸があっても、吃驚すんなよ」復讐を誓う熊って初めてだー(笑)。


その後、父と子は、母親に内緒であす鰻屋で会うことを約束する。「いいか、男と男の約束だ」「うん!…いいね、男と男の約束って…」嬉しそうな亀吉が可愛い。亀吉が去っていく。何度も何度も熊のことを振り返って、荷車にひかれそうになる。それでも亀吉は父親を振り返り、熊はいつまでも息子を見送っている…。
遠ざかる亀吉を見送りながら「大きくなったなぁ…」とつぶやく熊。ようやく亀吉の姿が消えた時、熊はふと空を見上げる。「いい天気だなぁ。」たった今、初めて空を見た人のよう。清々しさに耐えないような声で「やけに汗ばむとおもったら、雲ひとつねェじゃねえか。今日はいい天気だ…」3年間、熊は必死で働いていたんだろうな、空を見上げることも忘れていたくらい。すごくいい場面だと思った。


亀吉がもらった50銭は母親(おみつ)に見つかってしまう。「なんてさもしい了見だ!」と嘆きながら、おみつは、もらったのなら「誰からもらったかお言い!」と亀を叱る。男と男の約束だから、亀吉はなかなか口を割らない。「強情なところも、こんなとこまで(父親に)似やがって!ちくしょー」泣きながら亀吉をおさえつけるおみつ。
ついに亀吉が父親からもらったことをうちあける。
「おっかさんのこと、何か言ってたかい?」「はい?」…繰り返し尋ねられ、三回目に志村けんみたいに「はぃーン」って憎たらしい返事をするのは、お約束どおり(笑)。
別れた亭主が、酒をやめ、女とも別れ、仕事に精出していると聞いたおみつは、玄翁をふたたび手にとってしみじみとながめた。「そう。そうなの…。あのひと、改心したんだねぇ」
息子を嘆き、怒り、それが誤解と分かって安心し、夫が改心したと知って張り詰めていた心が緩んでいく…そういうおみつの心の動きがよく分かって、いいなぁと思いました。今まで、わたしはこの場面で涙がでることはあんまりなかったのだが、今日はこの場面で、なんだか泣けてしまった。


鰻屋の二階の亀吉に、さんざん躊躇した挙句「亀、かめー!」と声をかけるおみつ。おっかさんが来たよ!と喜ぶ息子に、熊「なんですと!」(でたー!)
畳に手をついて礼を言うおみつ。その仕草、目線、ことばつきが、ホントに女らしい。
なかなか思いを言い出せない大人ふたりを尻目に、亀は無邪気一方。「うな重、松、うめぇー!」「いま食べとかないと、今度いつ食べられるかわかんないから、味わって食べよっと」「うぉー!肝すいー」食べまくる亀吉が可笑しい。「おとっつぁん、食べないの?いらないの?いらないなら、おいら食べちゃうよ。いるの?いらないの?」うるさく迫る亀吉に、熊「状況判断してくんないか?」。これは可笑しかった。


「また、一からやり直さないか?」と頼む熊。「勝手なことばかり言って、ちっとも変わってないのね、あなたって…」責めるようなことを言いながら、おみつは許してるんだった。
「子は鎹っていうけれど、この子のおかげで、わたしたち、また暮らせるのね」というおみつの言葉をうけて、亀吉のセリフ(玄翁でぶつといった〜)でサゲ。


亀吉と熊の再会の場面もよかったけど、おみつも印象的だった。そう、文左衛門師の人情噺は、女のひとの可愛さ・健気さに、まいる。しかも、あのおっとこまえの文左衛門師がおかみさんに見えてくるから、弱る。要するに、それくらい文左衛門師匠の女のひとは、自分のツボなのです。


それにしても、文左衛門師匠ってうまいなぁ。あんなに面白い『天災』や『道灌』をやるかと思えば、こんなにも細やかで丁寧で、女の人が可愛い人情噺を聞かせてくれる。文左衛門師はいいっ!明日も楽しみだー。